金閣寺の見どころ完全ガイド|金閣などの観光スポット解説

金閣寺の見どころまとめ|国宝・重要文化財とおすすめ観光スポット
金閣寺は世界遺産に登録された京都屈指の観光名所で、観光や修学旅行で絶対訪れたい人気スポットです。金閣寺には京の三閣に数えられる金閣をはじめ、石不動明王を祀る不動堂、足利義満が改修した庭園など多彩な見どころが揃っています。このページでは文化財やおすすめの観光スポットを分かりやすくまとめて解説し、歴史・建築様式なども交えて紹介します。
【金閣(舎利殿)の見どころ解説|金閣寺最大の見どころ】
金閣は金閣寺観光で最も有名な見どころで、必ず訪れるべき定番スポットです。金閣は銀閣寺の銀閣と西本願寺の飛雲閣(ひうんかく)とともに京の三閣に数えられています。金閣は木造3階建て(二重三階)の楼閣(ろうかく)で、1階は法水院(ほうすいいん)、2階は潮音洞(ちょうおんどう)、3階は究竟頂(くっきょうちょう)と言われ、1階に宝冠釈迦如来(ほうかんしゃかにょらい)像と法体の足利義満(あしかがよしみつ)像、2階に岩屋観音(いわやかんのん)像と四天王(してんのう)像を安置し、厳かな空間になっています。金閣は1階が素木(しらき)仕上げ、2階が外面に金箔(きんぱく)張り、3階が外面・内部(床除く)に金箔張りで、写真映え必至です。かつて3階だけに金箔が残されていました。
★金閣は1398年(応永5年)に室町幕府3代将軍・足利義満(あしかがよしみつ)が建てました。かつては舎利殿・重々殿閣・三重殿閣などと言われ、1484年(文明16年)以降に金閣の名称が見られるようになりました。しかし1950年(昭和25年)7月2日未明に21歳の学僧による放火で焼失しました。現在の金閣は1955年(昭和30年)に明治時代の解体・修理の際に作成された図面・写真などに基づいて再建されました。
★金閣は1階が寝殿造(しんでんづくり)、2階が武家造(ぶけづくり)、3階が禅宗仏殿造(ぜんしゅうぶつでんづくり)です。屋根は宝形造(ほうぎょうづくり)のこけら葺(こけらぶき)です。
★金閣は仏教の開祖・お釈迦様(おしゃかさま)の遺骨・仏舎利(ぶっしゃり)を祀る舎利殿で、3階に仏舎利が納められました。足利義満は「東寺百合文書(足利義満自筆仏舎利奉請状)」によると「愚老」と記され、1406年(応永13年)に東寺の仏舎利から8粒を貰い受けたことが豆知識です。
★金閣は1955年(昭和30年)の再建時に10センチ角の金箔が10万枚(2キロ)使用されました。その後の修復で20万枚(20キロ)使用され、総額約7億4千万円掛かりました。2020年(令和2年)の屋根葺き替えの際、約10センチ角の金箔約1万枚を使って鳳凰や傷んでいた軒下の金箔が補修されました。金箔は金閣の魅力の源泉。
【鳳凰(市指定文化財)の見どころ解説|金閣の美しさの象徴】
鳳凰は金閣の美しさの象徴です。鳳凰は銅製で金箔が施された高さ3.22尺(約1メートル)です。鳳凰は金閣の屋根に南向きに取り付けられていたが、明治時代の解体・修理の際に尾が破損して取り外され、1987年(昭和62年)から2代目が取り付けらました。
★鳳凰は室町時代(1336年~1573年)に制作され、金閣創建時のもので唯一残されたものと言われています。鳳凰は後小松天皇宸筆の扁額「究竟頂」とともに金閣放火事件による焼失を免れました。
【不動堂の見どころ解説|金閣寺のパワースポット】
不動堂は金閣寺のパワースポットで、訪れるべきスポットです。不動堂は弘法大師・空海作の伝承が残る本尊(秘仏)・石不動明王(ふどうみょうおう)と鎌倉時代に造仏された不動明王立像(重要文化財)を安置し、室町時代には多くの人々が参詣し、江戸時代には人気の庶民信仰の名所になりました。なお不動堂は例年節分(立春の前日)・五山送り火(8月16日)の日に開扉法要が行われていることが豆知識です。
★不動堂は天正年間(1573年~1592年)に豊臣政権の五大老だった宇喜多秀家(うきたひでいえ)が再建し、金閣寺最古の建物と言われ、歴史的価値があります。なお不動明王立像は西園寺護摩堂の本尊だった言われています。
★不動堂は入母屋造(いりもやづくり)の本瓦葺(ほんがわらぶき)です。
【庭園(特別名勝・特別史跡)の見どころ解説|池泉回遊式の名園】
庭園は金閣と並ぶ金閣寺の見どころで、必ず眺めるべきスポットです。庭園は衣笠山(きぬがさやま)を借景に鏡湖池(きょうこち)を中心とした池泉回遊式の名園で、鏡湖池に葦原島(あしはらじま)などの島や細川石などの奇岩名石があります。庭園は面積約2万8千坪で、鏡湖池だけでも面積約2千坪もあり、鏡湖池に美しい「逆さ金閣」が映し出され、写真映えします。「逆さ金閣」は気象などの条件が整った場合に見られる金閣寺の見どころです。
★庭園は西園寺公経(さいおんじきんつね)が山荘・北山殿を造営した際に作庭され、足利義満が鏡湖池を中心に改修したと言われています。応仁の乱の際に樹木などが伐採されて荒廃し、天文年間(1532年~1555年)に西笑承兌(さいしょうしょうたい)が修復し、江戸時代後期に作庭当初の池泉に戻されたが、その後現在のように改修されたと言われています。
★庭園には葦原島・淡路島・5つの亀島・3つの鶴島があり、畠山石・赤松石・細川石・三尊石・九山八海石などの奇岩名石が配されています。鶴島・亀島が対峙する配置が最古の例と言われていることが豆知識です。奇岩名石は足利義満に取り入ろうとした諸大名が贈ったと言われています。
【茶室・夕佳亭の見どころ解説|南天の床柱や萩の違棚が有名】
茶室・夕佳亭(せっかてい)は珍しい南天の床柱や萩の違棚があることで知られ、訪れたいスポットです。足利義政が愛用したと言われる石燈籠(いしとうろう)・富士形の手水鉢(ちょうずばち)もあります。夕佳亭の名称は眼下の美しい金閣が夕日に映える景色がことに佳(よ)いことから名付けられました。夕佳亭は金閣を眺める絶景のビュースポットだったようです。
★茶室・夕佳亭は江戸時代前期に後水尾天皇を迎える為、鳳林承章(ほうりんじょうしょう)が茶人・金森宗和(かなもりそうわ)に造らせました。その後1868年(明治元年)に焼失し、1874年(明治7年)に再建されました。
【銀河泉・厳下水の見どころ解説|足利義満ゆかりの名水】
銀河泉(ぎんがせん)・厳下水(がんかすい)は金閣寺内に湧き出る湧水です。銀河泉は足利義満がお茶の水に使ったと言われ、現在もこんこんと清冽(せいれつ)なる湧水が湧き出しています。厳下水は足利義満が手洗いに使ったと言われています。厳下水は石に囲まれ、小さな茅葺き(かやぶき)屋根に覆われています。銀河泉・厳下水は金閣寺の前身である山荘・北山殿の歴史を感じられる見どころです。
【方丈(客殿)の見どころ解説|金閣寺の本堂】
方丈は金閣寺の本堂です。方丈は仏間に本尊・聖観世音菩薩(しょうかんぜおんぼさつ)像を安置し、金閣寺を訪れた際に最初にお参りしたい仏様です。また夢窓国師(むそうこくし)像や足利義満像も安置しています。方丈には仏間・檀那(だんな)の間・室中(しっちゅう)・礼(らい)の間・上間後室・下間後室があり、石踊達哉(いしおどりたつや)・森田りえ子が描いた美しい杉戸絵が飾られています。
★方丈は1602年(慶長7年)に建立されたが、その後1678年(延宝6年)に後水尾天皇(ごみずのおてんのう)の寄進で再建されました。
★方丈は入母屋造の桟瓦葺(さんがわらぶき)です。
★方丈の前には方丈庭園が作庭され、女龍(めりゅう)石・布袋(ほてい )石・走馬(そうま)石・蟠龍(ばんりゅう)石・露盤(ろばん)石などが配されています。方丈庭園は通常非公開だが、特別公開される場合があります。方丈庭園は室町時代に絵師・連歌師・鑑定家である相阿弥(そうあみ)が作庭したと言われています。
【大書院・庫裏の見どころ解説】
金閣寺には大書院・庫裏があります。
★大書院には1759年(宝暦9年)に「奇想派」・「奇想の絵師」と言われた伊藤若冲(いとうじゃくちゅう)が描いた障壁画(重要文化財)が飾られていたが、現在は承天閣美術館(じょうてんかくびじゅつかん)に移されています。大書院には一の間・二の間・三の間・四の間・狭屋(さや)の間があり、日本画家・加藤東一(かとうとういち)が描いた「淡墨桜(うすずみざくら)図」などが飾られています。大書院は貞享年間(1684年~1687年)に建立されたと言われています。
★庫裏は元々台所で、土間と板の間があり、吹き抜けの屋根に煙出しがあります。庫裏は1987年(昭和62年)まで宿坊として使われていたが、現在は写経に使われています。庫裏は明応・文亀年間(1492年~1504年)に建立されたとも、1835年(天保6年)頃に再建されたとも言われています。庫裏は切妻造(きりづまづくり)の桟瓦葺です。
【龍門滝(龍門瀑)の見どころ解説|登竜門に因んだ滝】
龍門滝(りゅうもんたき)は龍門瀑(りゅうもんばく)とも言われる高さ約2.3メートルの滝です。龍門滝は滝の下に鯉魚石(りぎょせき)が置かれています。鯉魚石は鯉が滝を登ると龍になるという中国の故事「登竜門(とうりゅうもん)」に因んで置かれているそうです。
●上記以外は下記リンクから確認することができます。
金閣寺見どころ(荼枳尼天・浄蔵貴所の墓など)
【金閣寺の見どころ 備考(参考リンク・・・)】
●住所:京都府京都市北区金閣寺町1
●アクセス:京都駅からはバス「金閣寺前」下車徒歩すぐ、または「金閣寺道」下車徒歩約3分
*参考・・・金閣寺(見どころ・アクセス・・・)公式ホームページ
















