醍醐寺の見どころ解説-修学旅行・観光の簡単まとめ

醍醐寺の国宝・重要文化財などの見どころ解説
醍醐寺の見どころを簡単にまとめて解説します。見どころには豊臣秀吉が和歌山から移築した金堂(国宝)、高さ約38メートルの五重塔(国宝)、上醍醐で唯一平安時代に建立された薬師堂(国宝)などがあります。また開山堂・如意輪堂・西大門なども見逃せません。
【豊臣秀吉が和歌山から移築した金堂(国宝)の見どころ解説】
★金堂は五重塔に次ぎ、修学旅行・観光で見る価値があります。金堂は醍醐寺の本堂で、本尊・薬師如来(やくしにょらい)坐像(重要文化財)を安置しています。また日光菩薩(にっこうぼさつ)・月光菩薩(がっこうぼさつ)・四天王(してんのう)像も安置しています。なお金堂は関白・豊臣秀吉(とよとみひでよし)が和歌山(紀州)から移築しました。
★金堂の歴史は平安時代(794年~1185年)後期に後白河法皇(第77代・後白河天皇(ごしらかわてんのう))の御願寺(ごがんじ)だった紀州・満願寺(まんがんじ)の本堂として建立され、鎌倉時代(1185年~1333年)に改修されました。1598年(慶長3年)から豊臣秀吉の命によって移築が開始され、秀吉没後の1600年(慶長5年)に落慶しました。金堂は926年(延長4年)に第60代・醍醐天皇(だいごてんのう)の御願によって建立されたが、永仁年間(1293年~1299年)・文明年間(1469年~1487年)に2度焼失しました。
★金堂の建築様式は屋根が入母屋造(いりもやづくり)の本瓦葺(ほんがわらぶき)です。金堂は正面約21メートル・奥行約17メートルです。金堂は内陣・外陣(礼堂)に分かれているが、その境に結界などがなく、一体の空間になっています。
★金堂はかつて釈迦如来(しゃかにょらい)を安置し、釈迦堂と言われていたが、鎌倉時代(1185年~1333年)に金堂と言われるようになりました。
【醍醐寺のシンボルである五重塔(国宝)の見どころ解説】
★五重塔は修学旅行・観光で絶対に見る価値があります。写真映えして人気もあります。五重塔は高さ約38メートルで、醍醐寺のシンボルです。上空に突き出した相輪(そうりん)が約12.8メートルもあり、総高の3分の1に相当します。五重塔は初層に両界曼荼羅(りょうかいまんだら)・真言八祖(しんごんはっそ)などが描かれ、五重塔とは別に壁画(板絵著色)18面が国宝に指定されています。壁画は日本における密教絵画の源流とも言われています。また真言八祖である弘法大師・空海像は日本最古の空海像とも言われています。
★五重塔の歴史は第60代・醍醐天皇の冥福(めいふく)を祈る為、936年(承平6年)に第61代・朱雀天皇が着工し、第62代・村上天皇の時代の951年(天暦5年)に完成したました。五重塔は京都最古の木造建造物と言われています。その後1585年(天正13年)に慶長伏見地震で損傷し、1598年(慶長3年)に関白・豊臣秀吉の援助によって修理されました。1950年(昭和25年)にジェーン台風で損傷し、1960年(昭和35年)に修理が終了しました。
★五重塔の建築様式は三間五重塔婆(さんげんごじゅうとうば)で、屋根が本瓦葺です。五重塔は1,000年を超え、初層から五層までの屋根の大きさの逓減率が大きくなっています。
★1954年(昭和29年)から1960年(昭和35年)に解体修理された際、カタカナで記された和歌「カズナラヌ ミヲウジガハノ アジロニハ オホクノヒヲヲ ワジラハスカナ」などの落書や絵が発見されました。
【平安時代に建立された薬師堂(国宝)の見どころ解説】
★薬師堂は修学旅行・観光で見る価値があります。薬師堂は内陣・外陣に分かれ、2012年(平成24年)4月に造仏された本尊・薬師三尊(やくしさんぞん)像を安置しています。薬師三尊像はかつて安置されていた薬師三尊(国宝)像とほぼ同じ大きさです。安置されていた薬師三尊像は閻魔天(えんまてん)像(重要文化財)・帝釈天(たいしゃくてん)像(重要文化財)・千手観音(せんじゅかんのん)像(重要文化財)とともに霊宝館に移されました。
★薬師堂の歴史は1121年(保安2年)に再建されました。薬師堂は上醍醐で唯一平安時代(794年~1185年)に建立されました。薬師堂は913年(延喜13年)に第60代・醍醐天皇の御願堂として創建されました。
★薬師堂の建築様式は屋根が入母屋造の檜皮葺(ひわだぶき)です。薬師堂の蟇股(かえるまた)は京都宇治市の宇治上神神社(うじがみじんじゃ)の本殿・岩手平泉町の中尊寺(ちゅうそんじ)の金色堂とともに日本三蟇股と言われています。
【清滝宮本殿を参拝する為の清滝宮拝殿(国宝)の見どころ解説】
★上醍醐・清滝宮拝殿は清滝宮本殿を参拝する為の社殿です。清滝宮本殿は真言宗(しんごんしゅう)の宗祖である弘法大師・空海が唐(中国)の長安・青龍寺(せいりゅうじ)から勧請した密教の守護神・清滝権現(せいりゅうごんげん・清瀧権現)を祀っています。空海は青龍寺で、真言八祖の第七祖・恵果(えか)から密教の奥義を伝授されました。
★清滝宮拝殿の歴史は1434年(永享6年)に再建されました。清滝宮本殿は1957年(昭和32年)に再建されました。清滝宮本殿は1088年(寛治2年)に建立され、1939年(昭和14年)に焼失しました。
★清滝宮拝殿の建築様式は懸造(かけづくり)で、屋根が入母屋造の檜皮葺です。
【醍醐寺の鎮守社である清滝宮本殿(重要文化財)の見どころ解説】
★下醍醐・清滝宮本殿は総鎮守・清瀧権現を祀る醍醐寺の鎮守社(ちんじゅしゃ)です。清滝宮本殿は上醍醐の清滝宮本殿から清滝権現を勧請して祀っています。清滝宮本殿では例年4月1日から21日に清瀧権現桜会(さくらえ)が行われています。
★清滝宮本殿の歴史は1517年(永正14年)に再建されました。清滝宮本殿は1097年(永長2年)に建立され、文明年間(1469年~1487年)に兵火で失しました。清滝宮拝殿は1599年(慶長4年)に醍醐寺80代座主・義演僧正が建立しました。
★清滝宮本殿の建築様式は三間社(さんげんしゃ)流造(ながれづくり)で、屋根が檜皮葺です。
【聖宝・空海を祀る開山堂(重要文化財)の見どころ解説】
★開山堂は上醍醐の一番奥に建立されています。開山堂は中央に理源大師像、左側に弘法大師像、右側に醍醐寺1世座主・観賢僧正(かんげんそうじょう)像を安置しています。開山堂にはかつて観賢僧正が刻んだ理源大師像が安置されていたが、開山堂とともに焼失しました。
★開山堂の歴史は1606年(慶長11年)に関白・豊臣秀吉の子・豊臣秀頼が再建しました。開山堂は911年(延喜11年)に理源大師・聖宝の弟子・観賢僧正が建立し、御影堂(みえどう)とも言われていたが、その後焼失し、鎌倉時代に再建されたが、その後荒廃しました。
★開山堂の建築様式は屋根が入母屋造で、前部が檜皮葺、後部がこけら葺(こけらぶき)です。
【豊臣秀頼が再建した如意輪堂(重要文化財)の見どころ解説】
★如意輪堂は本尊・如意輪観音(にょいりんかんのん)像、脇の間に毘沙門天(びしゃもんてん)像・吉祥天(きっしょうてん)像を安置しています。如意輪堂では堂下の岩に如意輪観世音菩薩が飛来して立ったという伝承が残されています。
★如意輪堂の歴史は1606年(慶長11年)に豊臣秀頼が開山堂とともに再建しました。如意輪堂は「縁起」によると876年(貞観18年)に理源大師・聖宝が准胝堂(じゅんていどう)とともに最初に創建しました。
★如意輪堂の建築様式は懸造で、屋根が入母屋造のこけら葺です。
【義演僧正が建立した祖師堂の見どころ解説】
★祖師堂は醍醐寺の重要人物である弘法大師・空海と理源大師・聖宝を祀っています。祖師堂では例年6月15日に弘法大師・空海の降誕会(ごうたんえ)を行っています。
★祖師堂の歴史は1605年(慶長10年)に醍醐寺80代座主・義演僧正が建立しました。
【女性が登れる限界だった成身院(女人堂)の見どころ解説】
★成身院(じょうしんいん)は上醍醐への登山口に建立されています。成身院は准胝堂(じゅんていどう)に祀られていた准胝観音の分身像を安置しています。成身院はかつて女性が登れる限界で、女性が上醍醐の諸仏を拝んだことから女人堂とも言われています。
★成身院の歴史は江戸時代(1603年~1868年)初期に再建されたと言われています。
【西国三十三所の札所である観音堂の見どころ解説】
★観音堂は見逃せません。観音堂は大講堂だったが、准胝堂が焼失したことから西国三十三所の第11番札所になっています。観音堂は本尊・丈六の阿弥陀如来(あみだにょらいざぞう)坐像を安置しています。なお観音堂は林泉などとともに大伝法院(だいでんぽういん)と言われています。
★観音堂の歴史は1930年(昭和5年)に醍醐天皇一千年御忌を記念し、実業家・山口玄洞(やまぐちげんどう)の寄進によって建立されました。観音堂はかつて大講堂でした。
★観音堂の建築様式は屋根が宝形造(ほうぎょうづくり)の本瓦葺です。
【仁王(金剛力士)を祀る西大門(仁王門)の見どころ解説】
★西大門は醍醐寺の出入口です。西大門にはかつて南大門に安置されていた仁王(におう・金剛力士(こんごうりきし))像(重要文化財)を安置し、仁王門とも言われています。仁王像は1134年(長承3年)に仏師・勢増と仁増が造仏したと言われています。
★西大門の歴史は1605年(慶長10年)に豊臣秀頼が再建しました。
★西大門の建築様式は屋根が入母屋造の本瓦葺です。
●上記以外は下記リンクから確認することができます。
醍醐寺見どころ(五大堂・真如三昧耶堂など)
【醍醐寺の見どころ 備考(参考リンク・・・)】
醍醐寺は1994年(平成6年)にユネスコの世界遺産「古都京都の文化財」に登録されました。
*参考・・・醍醐寺(見どころ・アクセス・・・)ホームページ


















