大覚寺の見どころ解説-修学旅行・観光の簡単まとめ

大覚寺(Daikaku-ji Temple)

大覚寺の国宝・重要文化財などの見どころ解説

大覚寺の見どころを簡単にまとめて解説します。見どころには南北朝媾和会議の歴史を持つ正寝殿(重要文化財)、大覚寺の本堂である五大堂、三大名月鑑賞地に数えられた大沢池(名勝)などがあります。また宸殿・勅使門・五社明神なども見逃せません。

【南北朝講和の間がある正寝殿(重要文化財)の見どころ解説】

★正寝殿は修学旅行・観光で絶対に見る価値があります。正寝殿は客殿(対面所)で、御冠(おかんむり)の間・剣璽(けんじ)の間・紅葉の間・竹の間・雪の間・鷹(たか)の間・山水の間・賢人(けんじん)の間・狭屋(さや) の間など大小12の部屋があります。御冠の間では1392年(元中9年・明徳3年)の南北朝合一の際に南北朝媾和会議が行われ、南朝4代で、第99代・後亀山天皇(ごかめやまてんのう)が北朝6代で、第100代・後小松天皇(ごこまつてんのう)に三種の神器(さんしゅのじんぎ)を譲りました。御冠の間には玉座があります。正寝殿には絵師・狩野山楽(かのうさんらく)と絵師・渡辺始興(わたなべしこう)が描いた障壁画(しょうへきが)があります。
★正寝殿の歴史は1573年(天正元年)~1614年(慶長19年)に建立されました。
★正寝殿の建築様式は屋根が入母屋造(いりもやづくり)の檜皮葺(ひわだぶき)です。
★御冠の間(上段の間)の名称は鎌倉時代(1185年~1333年)後期に後宇多法皇(第91代・後宇多天皇(ごうだてんのう))が院政を行った際に御冠を傍らに置いて執務を行ったことに由来しています。御冠の間は南北朝媾和会議が行われたことから南北朝講和の間と言われています。

スポンサーリンク(Sponsor Link)

【女御御殿を移築した宸殿(重要文化財)の見どころ解説】

★宸殿は第108代・後水尾天皇(ごみずのおてんのう)から中宮・東福門院(とうふくもんいん・徳川和子(とくがわまさこ))の女御御殿(にょうごごてん)を前身とし、蔀戸(しとみど)を用いた寝殿造風になっています。宸殿には牡丹(ぼたん)の間・柳松の間・紅梅の間・鶴(つる)の間などがあります。宸殿には絵師・狩野山楽が描いた障壁画「牡丹図」・「紅梅図」があります。宸殿前には右近の橘(たちばな)と左近の梅も植えられています。
★宸殿の歴史は1619年(元和5年)に東福門院(徳川和子)の女御御殿を賜って移築しました。
★宸殿の建築様式は屋根が入母屋造の檜皮葺です。妻飾り(つまかざり)・破風板(はふいた)・天井などに装飾が施され、周囲に鴬張り(うぐいすばり)の広縁が巡らせられています。宸殿は桁行約20.0メートル・梁間約13.6メートルです。
★宸殿は広縁が折れ曲げられ、天井が低くなっています。欄干(らんかん)はかつて取り外せ、武器になったと言われています。

【饗応殿を移築した御影堂の見どころ解説】

★御影堂(みえどう)は心経殿の前殿である心経前殿です。御影堂は内陣・外陣に分かれ、心経殿を拝する為に内陣正面は開けられています。内陣に第52代・嵯峨天皇(さがてんのう)像、後宇多法皇像、恒寂法親王(じゃくほっしんのう )像、弘法大師(こうぼうだいし)像を安置しています。
★御影堂の歴史は第123代・大正天皇(たいしょうてんのう)の即位式で饗応殿(きょうおうでん)として造営され、1925年(大正14年)の後宇多法皇(第91代・後宇多天皇)600回忌に移築されました。
★御影堂の建築様式は屋根が入母屋造の桟瓦葺(さんがわらぶき)です。

【大覚寺の本堂である五大堂の見どころ解説】

★五大堂(ごだいどう)は見逃せません。五大堂は大覚寺の本堂で、鎌倉時代(1185年~1333年)に造仏された本尊・五大明王(ごだいみょうおう)像が安置していたが、現在は収蔵庫に移されています。1975年(昭和50年)に仏師・松久朋琳(まつひさほうりん)と松久宗琳(まつひさそうりん)親子が造仏した本尊・五大明王像を安置しています。かつての五大堂は写経道場として利用されています。なお五大堂には観月台(かんげつだい・濡れ縁(ぬれえん) )があり、大沢池を見ることができます。
★五大堂の歴史は天明年間(1781年~1789年)に再建されました。その後御影堂が移築された際に現在の場所に移されました。なお五大堂は嵯峨天皇が天下泰平(てんかたいへい)・五穀豊穣(ごこくほうじょう)を祈念して創建しました。
★五大堂の建築様式は屋根が入母屋造の瓦葺です。五大堂は正面中央が板唐戸(いたからど)、両脇各二間が蔀戸(しとみど)になっています。

【有栖川宮慈性の伝承が残る勅使門の見どころ解説】

★勅使門(ちょくしもん)は見逃せません。勅使門は唐門で、鍍金(めっき)の飾り装飾が施された大きな菊の御紋があります。なお勅使門は本来、皇室関係者にしか開けられないが、華道・嵯峨御流(さがごりゅう)の数年に一度の献花式や愛宕神社(あたごじんじゃ)と野宮神社(ののみやじんじゃ)の祭礼・嵯峨祭の際などにも開けられます。
★勅使門の歴史は嘉永年間(1848年~1855年)に再建されました。
★勅使門の建築様式は四脚門(しきゃくもん)で、屋根が切妻造(きりづまづくり)の銅板葺(どうばんぶき)です。
★勅使門は最後の宮門跡(住職)・有栖川宮慈性門跡(ありすがわのみやじしょうもんぜき)が江戸(東京)に向かう際、何度も振り返ったことから「おなごりの門」と言われています。

【法隆寺夢殿を模した勅封心経殿(登録有形文化財)の見どころ解説】

★勅封心経殿(ちょくふうしんぎょうでん)は嵯峨天皇、北朝4代・後光厳天皇(ごこうごんてんのう)、第102代・後花園天皇(ごはなぞのてんのう)、第105代・後奈良天皇(ごならてんのう)、第106代・正親町天皇(おおぎまちてんのう)、第119代・光格天皇(こうかくてんのう)の宸翰勅封(しんかんちょくふう)般若心経(はんにゃしんぎょう)を奉安しています。また薬師如来(やくしにょらい)像も安置しています。なお勅封心経殿は60年に一度開扉(かいひ)されます。
★勅封心経殿の歴史は1925年(大正14年)に再建されました。
★勅封心経殿の建築様式は法隆寺(ほうりゅうじ)の国宝・夢殿(ゆめどの)を模した八角堂(はっかくどう)で、屋根が鋼板葺(こうはんぶき)・銅板葺です。

【弘法大師像を祀る心経宝塔の見どころ解説】

★心経宝塔(しんぎょうほうとう)は大沢池の畔に建立されている多宝塔です。心経宝塔は弘法大師像を安置しています。また基壇に如意宝珠(にょいほうじゅ)を納めた真珠の小塔があります。心経宝塔は紅葉シーズンに紅葉に彩られます。
★経宝塔の歴史は1967年(昭和42年)に嵯峨天皇心経写経1,150年を記念して建立されました。

【蓮華光院の御影堂を移築した安井堂の見どころ解説】

★安井堂(やすいどう)は御霊殿です。安井堂は後水尾天皇像を安置しています。内陣の格天井鏡板に花鳥などが描かれ、内々陣の鏡天井に雲龍が描かれています。
★安井堂の歴史は1871年(明治4年)に蓮華光院(れんげこういん・安井門跡(やすいもんぜき))の御影堂を移築しました。なお蓮華光院は明治維新後の神仏分離令(しんぶつぶんりれい)によって廃寺になり、安井金比羅宮(やすいこんぴらぐう)だけが残されました。

【日仏寺の本堂を移築した霊明殿の見どころ解説】

★霊明殿(れいめいでん)は縁板までを含めて総朱塗りです。霊明殿は阿弥陀如来(あみだにょらい)像を安置しています。
★霊明殿の歴史は1958年(昭和33年)に草繋全宜(くさなぎぜんぎ)が1928年(昭和3年)に第30代内閣総理大臣・斎藤実(さいとうまこと)が創建した東京中野区・日仏寺の本堂を移築しました。

【亀山城から移築した明智陣屋の見どころ解説】

★明智陣屋は宸殿の西にあります。明智陣屋は書院です。
★明智陣屋の歴史は江戸時代(1603年~1868年)に明智光秀(あけちみつひで)の居城だった亀山城(かめやまじょう)の一部を明智門とともに移築しました。
★明智陣屋の建築様式は屋根が切妻造の本瓦葺です。明智門は屋根が切妻造の本瓦葺です。

【大覚寺の鎮守である五社明神の見どころ解説】

★五社明神(ごしゃみょうじん)は大覚寺の鎮守です。五社明神は豊受大神(とようけのおおかみ)などを祀っています。
★五社明神の歴史は平安時代(794年~1185年)初期に真言宗(しんごんしゅう)の宗祖である弘法大師・空海が離宮・嵯峨院の鎮守社として勧請したとも言われています。

【三大名月鑑賞地に数えられた大沢池(名勝)の見どころ解説】

★大沢池は正寝殿に次ぎ、修学旅行・観光で見る価値があります。写真映えして人気もあります大沢池は周囲約1キロの日本最古の人工の庭池と言われています。大沢池は池泉舟遊式庭園(林泉式庭園)で、天神島(てんじんじま)・菊ヶ島(きくがしま)・庭湖石(ていこせき)などがあります。大沢池には爪紅の古代蓮で、独自の品種である名古曾などのハスが分布し、周辺に桜・カエデなどが植えられています。なお大沢池は奈良・猿沢池(さるさわのいけ)と滋賀・石山寺(いしやまでら)とともに三大名月鑑賞地とされています。
★大沢池の歴史は814年(弘仁5年)頃に嵯峨天皇が中国・洞庭湖(どうていこ)を模して築造したとも言われています。作庭者は絵師・巨勢金岡(こせのかなおか)とも、貴族・画家だった百済河成(くだらのかわなり)とも言われています。
★天神島・菊ヶ島・庭湖石の二島一石の配置は嵯峨天皇を起源とするいけばな嵯峨御流(さがごりゅう)の基本型に通じています。嵯峨天皇は大沢池での舟遊びの際、菊ヶ島の野菊を瓶に挿して生け花を行い、「爾今、花を賞ずる者はこれを範とする」と言ったとされています。

【市内最古の庭園遺構である名古曽滝跡の見どころ解説】

★名古曽滝跡(なこそのたきあと)は大沢池とともに国の名勝に指定されています。名古曽滝は平安時代(794年~1185年)に離宮・嵯峨院の滝殿庭園内にありました。名古曽滝跡は京都市内に現存する最古の庭園の遺構と言われています。
★名古曽滝の歴史は「今昔物語(こんじゃくものがたり)・平安時代末期成立」によると百済河成が作庭したと言われています。名古曽滝跡は1999年(平成11年)に復元が完了しました。

●上記以外は下記リンクから確認することができます。
大覚寺見どころ(紅葉と紅葉ライトアップ・桜など)

【大覚寺の見どころ 備考(参考リンク・・・)】
*参考・・・大覚寺(見どころ・アクセス・・・)ホームページ

関連記事

京都観光おすすめ

  1. 錦市場(Nishiki Market)
  2. 竹林の道(Bamboo Forest Path)
  3. 嵐山
ページ上部へ戻る