大将軍八神社(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)

大将軍八神社

大将軍八神社

大将軍八神社(アクセス・見どころ・歴史概要・料金・・・)情報を紹介しています。大将軍八神社では古来大将軍一神を祀っていたが、明治維新後の神仏分離令により、素盞鳴尊(すさのおのみこと)、その御子五男三女神、並びに桓武天皇を合祀となり、御子八神と暦神の八神が習合して大将軍八神社という名称になりました。

【大将軍八神社 アクセス・マップ】
場所・・・京都府京都市上京区一条通御前通西入3丁目西町55
最寄り駅・バス停・・・北野天満宮前(徒歩約5分)、北野白梅町(徒歩約5分)

アクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*京都駅から大将軍八神社は50系統(B2乗り場)、101系統(B2乗り場)
*四条河原町からは51系統
*四条烏丸からは55系統、101系統、203系統
*河原町丸太町からは10系統
路線・時刻表・運賃チェック

*嵐電(京福電鉄)北野線の場合、最寄り駅は北野白梅町駅(徒歩約7分)

【大将軍八神社 拝観時間・時間(要確認)】
9:00~17:00
年中無休(方徳殿を除く)

【大将軍八神社 拝観料金・料金(要確認)】
方徳殿・・・500円

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【大将軍八神社 歴史・簡単概要】
大将軍八神社(だいしょうぐんはちじんじゃ)は794年(延暦13年)の第50代・桓武天皇(かんむてんのう)による平安京遷都(へいあんきょうせんと)の際、桓武天皇の勅願により、大将軍神(だいしょうぐんしん)を奈良・春日山(かすがやま)山麓から平安京大内裏(だいり)の北西角(陰陽道の天門)の地に勧請したのが起源です。当初、陰陽道(おんみょうどう)のお堂として、大将軍堂と称されました。平安時代(794年~1185年)中期から鎌倉時代(1185年~1333年)に80体の大将軍神像群(重要文化財)が造られました。1178年(治承2年)に「山槐記(さんかいき)」によると第80代・高倉天皇(たかくらてんのう)の中宮・建礼門院徳子(けんれいもんいんとくこ)の安産祈願の為に奉幣使(ほうへいし)が参向したと言われています。平安時代以降に王城鎮護の神として、朝廷や武士に篤く祟敬され、その後民間にも拡大しました。南北朝時代(1337年~1392年)から約100年間、八坂神社(やさかじんじゃ)の管理下にあったと言われています。室町時代(1336年~1573年)中期に応仁の乱(おうにんのらん)で荒廃し、その後村の氏神として信仰されるようになりました。江戸時代(1603年~1868年)以降に京都西方守護で信仰されたり、方除厄除十二社参りの流行で参詣を集めたりしました。
*参考・・・大将軍八神社(アクセス・マップ・歴史・見どころ・・・)ホームページ

【大将軍八神社 見どころ・文化財(非公開の場合あり)】
大将軍八神社の見どころは文化財を収めた方徳殿です。なお方徳殿は例年5月1日~5日、11月1日~5日だけ一般に公開され、それ以外の日は予約が必要になります。

重要文化財・・・木造大将軍神像

【大将軍八神社 行事・イベント(要確認)】
●天門祭は例年10月の第3日曜日に行われています。天門祭では江戸時代に造られた神輿・里芋の茎であるずいきを屋根の上に葺き、ススキを飾ったずいき女神輿・モミジを飾ったこども神輿が氏子地区を巡行します。宵宮では様々なイベントが行われます。
大将軍八神社天門祭

【大将軍八神社 連絡先(現在確認中)】*電話は控えて下さい。迷惑になります。
電話番号・・・+81-75-461-0694

【大将軍八神社 備考(アクセス・御朱印・駐車場・・・)】
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【大将軍八神社 おすすめ散策ルート】
大将軍八神社からのおすすめ散策ルートは北野天満宮・平野神社を経由し、金閣寺に向かうルートです。1時間ほど散策すれば、世界遺産である金閣寺まで行くことができ、京都観光・旅行を楽しむことができます。ただ大将軍八神社から金閣寺までは結構距離がある為、北野天満宮の西側にある花街の上七軒や西陣織で有名な西陣を散策した方がいいかもしれません。

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