本願寺山科別院桜見ごろ2021(4月上旬頃)

本願寺山科別院

本願寺山科別院桜見ごろ

本願寺山科別院桜見ごろ(時期・ライトアップ・・・)情報を紹介しています。本願寺山科別院には山門前や境内に染井吉野などが植えられ、桜と石畳の参道・山門・本堂などの光景が美しいと言われています。境内には染井吉野の大樹が数株植えられ、木の根元から空を見上げれるとピンクの花が空を埋め尽くさんばかりに咲いています。(詳細下記参照)

【本願寺山科別院桜見ごろ・2021年予想】
本願寺山科別院の桜見ごろは例年4月上旬頃です。ただ桜の見ごろはその年の気候などによって多少前後することがあります。なお2021年の桜見ごろは2021年1月下旬頃から情報発信します。
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【本願寺山科別院桜見ごろ アクセス・マップ地図】
場所・・・京都府京都市山科区東野狐薮町2
最寄り駅・バス停・・・山階校前(徒歩約20分)

京阪バスのアクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*山科駅から本願寺山科別院は29系統
京阪バス・アクセスダイヤ

*地下鉄東西線の場合、最寄り駅は東野駅(徒歩約5分)

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【本願寺山科別院桜見ごろ・桜見どころ】
本願寺山科別院はあまり知られていない桜の名所です。本願寺山科別院の桜見ごろは例年4月上旬頃です。本願寺山科別院には山門前や境内に染井吉野(ソメイヨシノ)などが植えられ、桜と石畳の参道・山門・本堂などの光景が美しいと言われています。山門をくぐった境内には染井吉野の大樹が数株植えられ、木の根元から空を見上げれるとピンクの花が空を埋め尽くさんばかりに咲いています。
本堂は1774年(安永3年)に建立されました。本堂には平安時代に恵心僧都(えしんそうず)・源信(げんしん)が造仏したとも言われる本尊・阿弥陀如来御木像が安置されています。
染井吉野(ソメイヨシノ)は江戸時代末期に東京染井村の植木職人が江戸彼岸と大島桜を交配させて生み出したと言われています。その後明治時代初期から日本各地に広まりました。なお染井吉野は当初桜の名所である奈良吉野山に因んで、吉野・吉野桜と言われていたが、その後染井村から染井吉野と言われるようになりました。
桜(染井吉野)は2月1日以降の最高気温(毎日)の合計が600度を超えると開花し、800度を超えると満開になるとも言われています。また地域によって若干差があるが、開花から1週間から5日ほどで満開になるとも言われています。

【本願寺山科別院 歴史・簡単概要】
本願寺山科別院(ほんがんじやましなべついん)は室町時代中期の1478年(文明10年)に本願寺中興の祖で、本願寺第8代・蓮如上人(れんにょしょうにん)が近江・金森道西(かねがもりどうさい)の願いにより、坊舎を山科郷野村西中路に建立した山科本願寺が起源です。1480年(文明12年)8月に御影堂が新築され、同年11月に大津から親鸞聖人のご真影が移され、1481年(文明13年)6月に本尊を阿弥陀堂に安置しました。その後本願寺・実如上人(じつにょしょうにん)、本願寺第10代・証如上人(しょうにょしょうにん)が伽藍を整備したが、1532年(天文元年)に六角氏と比叡山衆徒・日蓮宗徒によって焼き討ちされて廃絶しました。江戸時代中期の1732年(享保17年)に本願寺第15代・住如上人(じゅうにょしょうにん)が北山別院の旧堂を移築し、聖水山舞楽寺(せいすいざんぶがくじ)としました。1774年(安永3年)に現在の本堂が建立され、1781年(天明元年)の蓮如上人300回遠忌に鐘楼・太鼓楼・茶所などが建立され、1823年(文政6年)に蓮如堂として中宗堂が建立されました。1884年(明治17年)に中宗堂は本山中宗代と改められ、本山から蓮如上人の木像が移されました。
本願寺山科別院は浄土真宗本願寺派の寺院です。
*参考・・・本願寺山科別院(アクセス・歴史・見どころ・・・)ホームページ本願寺山科別院(アクセス・歴史・見どころ・・・)wikipedia

【本願寺山科別院桜見ごろ 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
本願寺山科別院(アクセス・見どころ・・・)情報

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