上賀茂神社大祓式(例年12月31日)

上賀茂神社(Kamigamo Shrine)

上賀茂神社大祓式

上賀茂神社大祓式(日程・時間・・・)を紹介しています。大祓式は例年12月31日に行われています。大祓式では過去半年間に知らず知らずの内に犯した罪や過ち、心身の穢を祓い清め、心身も新たにして新年を迎えます。大祓式では身代わりの人形を境内を流れるならの小川に投流し、大祓詞の奏上し、裂布・解縄の神事を行います。

【上賀茂神社大祓式 日程時間(要確認)】
上賀茂神社大祓式は12月31日16:00から行われます。

【上賀茂神社大祓式 アクセス・マップ】
場所・・・京都府京都市北区上賀茂岡本町
最寄り駅・バス停・・・上賀茂神社前(徒歩約15分)

アクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*京都駅からは4系統(A2乗り場)
*四条河原町からは4系統、46系統
*四条烏丸からは46系統
*河原町丸太町からは4系統
路線・時刻表・運賃チェック

*地下鉄烏丸線の場合、最寄り駅は北山駅(徒歩約15分)

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【上賀茂神社大祓式 歴史・簡単概要】
上賀茂神社大祓式(おおはらえしき)では過去半年間に知らず知らずの内に犯した罪や過ち、心身の穢を祓い清め、心身も新たにして新年を迎えます。大祓式では身代わりの人形を境内を流れるならの小川に投流し、大祓詞(中臣祓詞)の奏上し、裂布・解縄の神事を行います。ちなみに人形は先ず名前・年齢を書き、次に体を撫でて息を吹き掛け、自分の罪・穢を移します。なお上賀茂神社では6月に夏越大祓式(なごしのおおはらえしき)が行われます。
ならの小川(楢の小川)は祭器を洗い清めた御物忌川(おものいがわ)と人を清めた御手洗川(みたらしがわ)が合流したものです。なおならの小川では葵祭の際、斎王代以下女人列御禊神事(さいおうだいいかにょにんれつみそぎしんじ)が行われ、十二単を着た斎王代がならの小川に手を差し入れて身を清めます。
大祓詞(おおはらえことば)は奈良時代から祭祀の際に使われている祝詞(のりと)で、中臣祓詞(なかとみのはらえことば)・中臣祭文(なかとみさいもん)・中臣の祓(なかとみのはらえ)とも言いています。中臣氏(藤原氏)が奈良時代に朱雀門で奏上していたそうです。
人形は人間の形をした紙で、体を撫でたり、息を吹き掛けたりして、人形に罪・穢(つみけがれ)を移します。その後人形は川に流されたり、火で焚き上げられたりします。
●上賀茂神社の歴史(創建から現在)を紹介しています。
上賀茂神社歴史(賀茂別雷命・・・)
●上賀茂神社の見どころ(本殿・細殿立砂など)を紹介しています。
上賀茂神社見どころ(本殿・細殿立砂など)

【上賀茂神社 歴史・簡単概要】
上賀茂神社(かみがもじんじゃ)・賀茂別雷神社(かもわけいかづちじんじゃ)は起源が明確ではありません。上賀茂神社は社伝によると神代の昔に賀茂別雷命(かもわけいかづちのかみ)が現社殿の北北西にある秀峰・神山(こうやま)に降臨したのが起源とも言われています。その後677年(天武天皇6年)に賀茂神宮が造営されたとも言われています。794年(延暦13年)の第50代・桓武天皇による平安京遷都以降は皇城鎮護の神・山城国一之宮として、桓武天皇を初めとする歴代天皇が行幸・奉幣祈願されたと言われています。807年(大同2年)に最高位である神階・正一位を賜って、葵祭(賀茂祭)が勅祭になり、810年(大同5年)には賀茂斎院が置かれ、第52代・嵯峨天皇の皇女・有智子内親王(うちこないしんのう)が初代斎王として仕え、以降歴代斎王が葵祭に奉仕しました。上賀茂神社は明治時代から戦後まで伊勢神宮に次ぐ、官幣大社の筆頭とされました。
上賀茂神社は下鴨神社(賀茂御祖神社)とともに古代氏族・賀茂氏の氏神を祀る神社です。
*参考・・・上賀茂神社(拝観料・アクセス・歴史概要・見どころ・・・)ホームページ

【上賀茂神社大祓式 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
葵祭2025日程(時代行列・流鏑馬神事・・・)

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