京都夏動画(祇園祭の神輿渡御と京の七夕の舞妓の舞)

京都夏動画(祇園祭の神輿渡御と京の七夕の舞妓の舞)
京都の2015年夏に撮影した動画です。京都の夏の風物詩である祇園祭の神輿渡御と京の七夕の舞妓の舞を撮影しました。どちらも京都を感じてもらえる動画かもしれません。なお動画はタブレットで撮影した為、画質があまりよくないかもしれません。
京の七夕(きょうのたなばた)は2015年8月1日から10日に堀川会場と鴨川会場で行われました。京の七夕では二条城・二の丸御殿を使ったプロジェクションマッピングなどのイベントがたくさん行われました。堀川会場の七夕茶屋でも上七軒の舞妓・芸妓さんによる舞が披露されました。動画は上七軒の舞妓・大文字の勝音(かつね)さんと梅乃の梅ちえさんの舞を撮影したものです。少しはお茶屋気分を味わえるかもしれません。
京都の五花街(上七軒・祇園甲部・祇園東・先斗町・宮川町)周辺をウォーキングしたり、散策したりしていると舞妓さんや芸妓さんにばったり出会ったりすることはあるが、舞を目の前で見る機会はほとんどありません。京の七夕は舞妓さん・芸妓さんの舞が見られるいい機会かもしれません。
●上七軒は室町時代に北野天満宮が再建された際、残った資材を使って北野天満宮の東門前の松原に7軒の茶店が建てられたのが起源です。当初、七軒茶屋と称していたそうです。1587年(天正15年)に関白・豊臣秀吉が北野天満宮で北野大茶湯を開いた際、茶店が団子を献上し、その褒美にみたらし団子を商う特権と法会茶屋株を公許されました。上七軒の五つ団子の紋章はみたらし団子に由来しています。その後江戸時代には下の森や五番町に茶屋株を貸し、芸妓中心の花街として発展しました。
*参考・・・上七軒・北野をどりホームページ
祇園祭(ぎおんまつり)は葵祭・時代祭とともに京都三大祭りに数えられるだけでなく、大阪の天神祭、東京の神田祭または山王祭とともに日本三大祭りに数えられる日本を代表するお祭りです。祇園祭では山鉾巡行が有名で、山鉾が祇園祭の主役と思われている方も多いかもしれません。しかし祇園祭の本当の主役は山鉾巡行と同じ日程で行われる神輿渡御(みこしとぎょ)です。神輿渡御は山鉾巡行(前祭)が行われる午後に神幸祭(おいで)、山鉾巡行(後祭)が行われる午後に還幸祭(おかえり)で行われます。山鉾巡行によって邪気や穢れ(けがれ)を集めて清め、八坂神社の本殿から神霊が遷された神輿が渡御します。なお動画は神幸祭(おいで)で八坂神社から四条通にある御旅所(四条センター)に移された3基の神輿が八坂神社に戻る還幸祭(おかえり)を撮影しました。神輿には中御座神輿(なかござみこし)・東御座神輿(ひがしござみこし)・西御座神輿(にしござみこし)があるが、3基目の西御座神輿(錦神輿)を撮影しました。西御座神輿は御旅所近くの錦市場周辺の氏子さんが主体で、御旅所前では他の神輿よりも迫力がある神輿回しになっています。還幸祭は2015年7月24日に行われました。
京都では神輿を担ぐ際、「わっしょい、わっしょい」ではなく、「ほいっと、ほいっと」というのが一般的です。
●祇園祭は869年(貞観11年)に京都をはじめ全国に疫病が流行し、牛頭天王の祟りであるとし、卜部日良麿が神泉苑に国の数と同じ66本の鉾を立て、悪霊を移して穢れを祓い、薬師如来の化身とされる牛頭天王を祀り、更に牛頭天王を主祭神とする八坂神社から3基の神輿を送り、病魔退散を祈願した祇園御霊会が起源と言われています。970年(天禄元年)から毎年に行われるようになりました。
















