尾長野八坂神社(アクセス・マップ・歴史・・・)
尾長野八坂神社
尾長野八坂神社(アクセス・見どころ・歴史概要・料金・・・)情報を紹介しています。尾長野八坂神社では例年5月最後の日曜日に御田祭が行われ、すげ笠に白と赤の着物をまとった早乙女が雅楽の調べと八坂舞の巫女の踊りに合わせて苗を植え、約50センチに成長した稲は祇園祭の神幸祭(7月17日)・還幸祭(7月24日)で渡御する3基の神輿の天につけられます。
【尾長野八坂神社 アクセス・マップ】
場所・・・京都府船井郡京丹波町下山東山1番地
最寄り駅・バス停・・・下山駅(徒歩約20分)
アクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*JR山陰本線
【尾長野八坂神社 拝観時間・時間(要確認)】
自由
【尾長野八坂神社 拝観料金・料金(要確認)】
無料
【尾長野八坂神社 歴史・簡単概要】
尾長野八坂神社(おながのやさかじんじゃ)は八坂神社の分社です。尾長野八坂神社は起源が明確ではありません。尾長野八坂神社は火災によって焼失し、江戸時代中期の1683年(天和3年)に再建されました。尾長野八坂神社は神仏習合時代に牛頭天王(ごずてんのう)を祀り、天王とも言われていました。社殿の上には天王池もあります。尾長野八坂神社は明治時代・大正時代頃に牛の神様として信仰され、近隣の村からも参拝者が牛を連れた参拝しました。また八坂神社のをけら詣りと同じように12月31日の除夜祭に祇園八幡神社からおけら火を頂き、おけら火を焚いて家内安全を祈る習わしもあるそうです。1970年(昭和45年)春から八坂神社の御神田として御田祭(おんださい)が始められるようになり、現在御田祭は例年5月最後の日曜日に行われています。なお尾長野八坂神社には牛頭天王と同一視される素戔鳴尊(すさのおのみこと)が祀られています。また稲荷神社・金刀比羅神社も祀られています。
*参考・・・尾長野八坂神社(アクセス・歴史・・・)・尾長野八坂神社(アクセス・歴史・・・)
【八坂神社 歴史・簡単概要】
八坂神社(やさかじんじゃ)は起源が明確ではありません。八坂神社は656年(斉明天皇2年)に高麗(高句麗)から来日した調進副使・伊利之使主(いりしおみ)が新羅(しらぎ)・牛頭山に座した素戔嗚尊(すさのおのみこと)=牛頭天王(ごずてんのう)を山城八坂郷に奉斎したのが起源とも、876年(貞観18年)に南都(奈良)の僧・円如(えんにょ)が堂(観慶寺)を建立して薬師千手等の像を奉安し、その後天神(祇園神)が東山の麓・祇園林に垂跡(すいじゃく)したのが起源とも言われています。また829年(天長6年)に参議・紀百継(きのももつぐ)が山城八坂郷丘一処を賜り、神の祭祀を行ったのが感神院(かんしんいん)の起源とも言われています。その後869年(貞観11年)に流行した疫病を鎮める御霊会(ごりょうえ)が神泉苑で行われたのが祇園祭の起源と言われ、970年(天禄元年)からは毎年御霊会が行われるようになりました。995年(長徳元年)に王城鎮護の社として二十一社(二十二社)に数えられ、1072年(延久4年)には第71代・後三条天皇が初めて行幸しました。なお八坂神社はかつて感神院・祇園社(ぎおんしゃ)と言われていました。
八坂神社は全国の八坂神社や素戔嗚尊を祭神とする神社の総本社です。
*参考・・・京都・八坂神社(拝観料・アクセス・歴史概要・見どころ・・・)ホームページ
【尾長野八坂神社 見どころ・文化財(非公開の場合あり)】
尾長野八坂神社の見どころは例年5月最後の日曜日に行われている御田祭です。御田祭ではすげ笠に白と赤の着物をまとった早乙女(さおとめ)が雅楽(ががく)の調べと八坂舞の巫女(みこ)の踊りに合わせて苗が植えられます。9月には実った稲穂を刈り取る抜穂祭が行われ、12月には刈り取られた藁を使って注連縄(しめなわ)が手作りで作られ、八坂神社に奉納されます。
【尾長野八坂神社 連絡先(現在確認中)】*電話は控えて下さい。迷惑になります。
電話番号・・・075-561-6155(八坂神社)
【尾長野八坂神社 備考(アクセス・御朱印・駐車場・・・)】
御田祭で植えられた稲は神撰田から抜き取られ、清水で洗い清められて祇園祭の神幸祭(7月17日)・還幸祭(7月24日)の際に奉納されます。
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【尾長野八坂神社 おすすめ散策ルート】
尾長野八坂神社からのおすすめ散策ルートは社殿の上にある天王池に向かうルートです。数分散策すれば、天王池に行くことができます。ちなみに天王池畔には社も祀られています。なお尾長野八坂神社は市街地から少し離れ、周辺には観光スポットがあまり多くない為、次の観光スポットに向かい、その周辺を散策した方がいいかもしれません。