詩仙堂の歴史-修学旅行・観光の簡単解説

詩仙堂

詩仙堂の歴史を時代別年表にまとめ

詩仙堂の歴史を簡単にまとめています。詩仙堂は1641年(寛永18年)に石川丈山が造営した山荘が起源です。詩仙堂の名称は狩野探幽が中国の詩家36人の肖像を描き、石川丈山自らが詩を書いた肖像を四方の壁に掲げた「詩仙の間」に由来しています。(時代別年表・重要人物下記参照)

詩仙堂(アクセス・歴史・・・)

【大坂の陣】

●1586年(天正14年)に関白・豊臣秀吉(とよとみひでよし)が松永久秀(まつながひさひで)の焼き討ちによって焼損した奈良・東大寺(とうだいじ)の大仏に代わる大仏の造立を発願し、1595年(文禄4年)に方広寺(ほうこうじ)に大仏・大仏殿が完成したと言われています。1597年(慶長2年)に豊臣秀吉が亡くなり、1596年(文禄5年)に大仏が地震で損壊し、1603年(慶長8年)に大仏殿が焼失し、1612年(慶長17年)に子・豊臣秀頼(とよとみひでより)が大仏・大仏殿を再建しました。1614年(慶長19年)に「国家安康」・「君臣豊楽」の銘文を刻んだ梵鐘が完成するが、銘文が江戸幕府初代将軍・徳川家康(とくがわいえやす)の「家」と「康」を分断し、豊臣を「君主」とするものとして、方広寺鐘銘事件が起こります。1614年(慶長19年)に大坂冬の陣が起こり、1615年(元和元年)に一旦和議が成立したが、その後大坂夏の陣が起り、同年6月4日に大坂城が落城して豊臣秀頼・淀殿(よどどの)が自刃し、豊臣家が滅亡しました。

【詩仙堂の起源・始まり】

●詩仙堂は1641年(寛永18年)に徳川将軍家の家臣だった石川丈山(いしかわじょうざん)が隠居の為に造営した山荘が起源です。詩仙堂の名称は絵師・狩野探幽(かのうたんゆう)が中国の漢(かん)・晋(しん)・唐(とう)・宋(そう)時代の詩家36人の肖像を描き、石川丈山自らが詩を書いた肖像を四方の壁に掲げた「詩仙の間」に由来しています。中国の詩家36人は日本の三十六歌仙に倣い儒学者・林羅山(はやしらざん)の意見をもとに選ばれました。ちなみに詩仙とは正しくは「凹凸か(かは穴編に果)(おうとつか)」であり、でこぼこした土地に建てた住居という意味です。

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【江戸時代(1603年頃~1868年頃)の歴史・出来事】

●1672年(寛文12年)の石川丈山没後に一時荒廃したが、その後石川丈山の養子・石川十太夫(石川之昌)の子・石川数馬(石川之利)から門人で、儒学者・平岩仙桂が受け継ぎました。
●1681年(延宝9年)に儒医・黒川道佑が訪れ、荒廃していたことが記されています。
●1691年(元禄4年)に俳諧師(はいかいし)・松尾芭蕉(まつおばしょう)が弟子・向井去来(むかいきょらい)らと訪れた言われています。松尾芭蕉は1691年(元禄4年)4月18日から5月4日まで京都に滞在し、「嵯峨日記(さがにっき)」を記したと言われています。
●1748年(延享5年)に黄檗宗(おうばくしゅう)の僧・潜山禅尼が閑院宮家の援助により、建物・庭園を改修したと言われています。
●1821年(文政4年)の石川丈山150年御遠忌の際に建物が修復され、庭園が改修されたと言われています。

【明治時代以降(1868年頃~)の歴史・出来事】

●1928年(昭和3年)に建物・庭園が国の史跡に指定されました。
●1950年代に庭園が拡張され、茶室「残月軒」が建てられたと言われています。
●1963年(昭和38年)に詩仙の間が復元されたと言われています。
●1966年(昭和41年)に曹洞宗(そうろうしゅう)に改め、寺号を詩仙堂に改めました。
●1967年(昭和42年)に堂宇・庭園が大改修されたと言われています。

【詩仙堂の開基である石川丈山】

石川丈山は1583年(天正11年)に石川信定の子として三河国碧海郡泉郷(愛知県安城市和泉町)に生まれました。祖先は源義家の六男・源義時と伝えられ、曽祖父から徳川家(松平家)に仕える譜代の家臣でした。1598年(慶長3年)に江戸幕府初代将軍・徳川家康の近侍になり、1600年(慶長5年)の関ヶ原の戦いに従軍しました。1615年(元和元年)の大坂夏の陣で抜駆けをし、軍律違反で浪人になり、京都・妙心寺に隠棲しました。1617年(元和3年)頃から藤原惺窩らに朱子学を学び、禅を学んだと伝えられています。1618年(元和4年)に紀州・浅野家に仕えるが、数ヶ月で辞官しました。1623年(元和9年)に病気がちな母親を養う為に再び浅野家に仕え、浅野家の転封によって広島に赴きました。母が亡くなると辞官を申し出たが許されず、病気と偽って広島を去り、1636年(寛永13年)に相国寺近くに移り住みました。1641年(寛永18年)に詩仙堂を造営し、亡くなるまでの約30年間に渡り、漢詩・書や庭園の作庭に励んだと伝えられています。なお石川丈山は1672年(寛文12年)6月18日に亡くなりました。

【詩仙堂の歴史 備考】
*参考・・・詩仙堂(アクセス・マップ・歴史・見どころ・・・)ホームページ

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