退蔵院椿見ごろ2022(2月下旬~4月上旬頃)

退蔵院椿見ごろ(見頃)

退蔵院椿見ごろ(イベント・・・)を紹介しています。退蔵院では方丈前に作庭されている元信の庭に藪椿が植えられ、藪椿と元信の庭などの光景が美しいと言われています。山門をくぐると白い椿も植えられています。紅常磐満作・鴬神楽・木瓜・紅しだれ桜なども植えられ、椿と一緒に楽しめる場合があります。(詳細下記参照)

【退蔵院椿見ごろ(例年時期)・2022情報】
退蔵院の椿見ごろは例年2月下旬頃から4月上旬頃です。なお椿の見ごろはその年の気候などによって多少前後することがあります。
京都椿名所・見ごろ

【退蔵院椿見ごろ アクセス・マップ】
場所・・・京都府京都市右京区花園妙心寺町35
最寄り駅・バス停・・・妙心寺前(徒歩約5分)、妙心寺北門前(徒歩約5分)

アクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*京都駅から退蔵院は26系統(D3乗り場)北
*四条烏丸からは26系統北、91系統前
*四条河原町からは10系統北
*河原町丸太町からは10系統北、93系統前
路線・時刻表・運賃チェック

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【退蔵院椿見ごろ(例年時期)・見どころ解説】
退蔵院は椿(ツバキ)の名所です。退蔵院の椿見ごろは例年2月下旬頃から4月上旬頃です。
退蔵院では方丈(重要文化財)前に作庭されている元信の庭(国の史跡・名勝)に藪椿が植えられ、藪椿と元信の庭などの光景が美しいと言われています。山門をくぐると白い椿も植えられています。退蔵院では例年2月下旬~4月下旬に見ごろを迎える紅常磐満作(ベニトキワマンサク)、例年3月中旬~4月中旬に見ごろを迎える鴬神楽(ウグイスカグラ)、例年3月中旬~4月中旬に見ごろを迎える木瓜(ボケ)、例年4月上旬~4月下旬に見ごろを迎える紅しだれ桜(ベニシダレザクラ)なども植えられ、椿と一緒に楽しめる場合があります。
椿は日本原産のツバキ科ツバキ属の常緑樹(照葉樹林)です。椿は北海道などを除く、日本各地に自生しています。椿は日本最古の正史「日本書紀・720年(養老4年)完成」に第12代・景行天皇が熊襲(くまそ)の乱を鎮めた際、土蜘蛛(つちぐも)に対して海石榴(ツバキ)の椎を用いたと記されています。椿は安土桃山時代に関白・豊臣秀吉が茶の湯に好んで用いると茶道で茶花として重要な地位を占めるようになりました。椿は江戸時代以降に多くの園芸品種が作られ、500以上の園芸品種があると言われています。なお椿は邪悪を祓うとも言われ、正倉院には災いを祓う海石榴の卯杖(うづえ)が収められています。
元信の庭は室町時代後期(戦国時代)に絵師・狩野元信が作庭したと言われています。狩野元信が絵師として円熟した70歳近くの頃の作庭したと推測されています。元信の庭は絵画的な優美豊艶の趣を持つ枯山水庭園で、枯滝・蓬莱山・亀島と石橋など多数の庭石が豪快に配されています。元信の庭では背景にやぶ椿・松・槇・もっこく・かなめもちなどの常緑樹が植えられています。
方丈は応仁の乱(1467年(応仁元年)~1477年(文明9年))に焼失し、1597年(慶長2年)に再建されました。方丈では江戸時代に宮本武蔵が住して修行に励んだと伝わっています。

【退蔵院 歴史・簡単概要】
退蔵院(たいぞういん)は室町時代前期の1404年(応永11年)に越前の豪族・波多野出雲守重通(はたのいずものかみしげみち)が妙心寺(みょうしんじ)第3世・無因宗因(むいんそういん)を開山として千本通松原に創建したのが起源です。その後妙心寺4世・日峰宗舜(にっぽうそうしゅん)が妙心寺内の霊雲院(れいうんいん)の東側に移したと言われているが、室町時代中期の応仁の乱(おうにんのらん)の兵火によって本山・妙心寺とともに焼失しました。桃山時代の1597年(慶長2年)に妙心寺34世で、中興の祖・亀年禅愉(きねんぜんゆ)が現在の場所に再建し、1602年(慶長7年)に現在の方丈が建立されと言われています。1966年(昭和41年)に庭園・余香苑(よこうえん)が作庭されました。なお退蔵には「価値あるものをしまっておく」という意味があり、陰徳を積み重ね、内に秘めながら布教することを示しているそうです。
退蔵院は臨済宗妙心寺派大本山・妙心寺の塔頭です。
*参考・・・退蔵院(アクセス・マップ・歴史・見どころ・・・)ホームページ

【退蔵院椿見ごろ 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
退蔵院(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)情報

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