京都の椿名所・見ごろ|平岡八幡宮・霊鑑寺・城南宮など

霊鑑寺椿

京都の椿名所・見ごろ(時期・アクセス・概要)

京都の椿名所・見ごろ情報を紹介しています。椿の名所には平岡八幡宮・地蔵院(椿寺)・妙蓮寺・霊鑑寺・城南宮・法然院・銀閣寺・二条城・等持院・法金剛院・真如堂・宝鏡寺・大豊神社・鹿王院・御香宮神社・総見院・府立植物園などがあります。

【椿(ツバキ) 基礎知識】

椿は日本原産のツバキ科ツバキ属の常緑樹(照葉樹林)です。椿は北海道などを除く、日本各地に自生しています。椿は日本最古の正史「日本書紀」に景行天皇(けいこうてんのう)が熊襲(くまそ)の乱を鎮めた際、土蜘蛛(つちぐも)に対して海石榴(ツバキ)の椎を用いたと記されています。椿は安土桃山時代(1573年~1603年)に関白・豊臣秀吉(とよともひでよし)が茶の湯に好んで用いると茶道で茶花として重要な地位を占めるようになりました。椿は江戸時代(1603年~1868年)以降に多くの園芸品種が作られ、500以上の園芸品種があると言われています。なお椿は邪悪を祓うとも言われ、奈良・正倉院(しょうそういん)には災いを祓う海石榴の卯杖(うづえ)が収められています。

【平岡八幡宮(ひらおかはちまんぐう) 右京区梅ヶ畑宮ノ口町23番地】

平岡八幡宮には椿の小径とも言われる庭などに樹齢500年を超えるやぶ椿・樹齢300年を超える紅椿など約200種・約300本の椿が植えられています。椿の見ごろは例年3月上旬頃から3月中旬頃です。椿の見ごろに椿を愛でる会が行われます。
平岡八幡宮椿見ごろ
平岡八幡宮は809年(大同4年)に弘法大師・空海が神護寺の鎮守社として大分・宇佐八幡宮から勧請し、自ら描いた僧形八幡神像を御神体に祀ったのが起源と言われています。平安時代末期に一時廃絶したが、1190年(建久元年)に文覚上人が再興し、その後文覚上人の高弟・浄覚が現在の場所に移したとも言われています。

【霊鑑寺(れいかんじ) 左京区鹿ヶ谷御所ノ段町12番地】

霊鑑寺には回遊式庭園などに後水尾天皇遺愛とも言われる日光椿(京都市指定天然記念物)など100種以上の椿が植えられています。椿の見ごろは例年3月下旬頃から4月上旬頃です。椿の見ごろに春の特別公開が行われまし。
霊鑑寺椿見ごろ
霊鑑寺は1612年(慶長17年)に後陽成天皇の典侍・持明院基子が子で、後陽成天皇の第6皇子である妙法院門跡・尭然法親王から土地を贈られて住居を建てた場所と言われています。霊鑑寺は1654年(承応3年)に後水尾天皇が第12皇女・宗澄女王(月江宗澄)を開基として創建されたとも言われています。

【城南宮(じょぷなんぐう) 伏見区中島鳥羽離宮町7】

城南宮には楽水苑入口から春の山・平安の庭に曙など約50種・約300本の椿が植えられています。椿の見ごろは例年12月頃から3月下旬頃です。しだれ梅も植えられ、しだれ梅と椿まつりが行われます。
城南宮見ごろ
城南宮は仲哀天皇の后・神功皇后による三韓征伐の際に船上に立てた旗とともに神功皇后・大国主神を祀った真幡寸神社が起源と言われています。その後794年(延暦13年)の桓武天皇による平安京遷都の際に国土の安泰と都の守護を祈願し、国常立尊が併祀され、城南神と言われるようになりました。

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【地蔵院(じぞういん) 北区大将軍川端町2】

地蔵院(椿寺)には樹齢約120年の2代目・散り椿(京都市の天然記念物)が植えられています。椿の見ごろは例年3月下旬頃から4月中旬頃です。初代・散り椿は豊臣秀吉遺愛とも言われていたが、1983年(昭和58年)に樹齢400年で枯れました。
地蔵院椿見ごろ
地蔵院は726年(神亀3年)に僧・行基が聖武天皇の勅願により、摂津国(兵庫県)の昆陽池の畔に創建したのが起源と言われています。平安時代に衣笠山山麓に移されたが、1391年(明徳2年)の明徳の乱で焼失し、1397年(応永4年)に室町幕府3代将軍・足利義満が北山第(金閣寺)を改築・新築した際の余財で再建されました。

【妙蓮寺(みょうれんじ) 上京区寺妙蓮寺前町875】

妙蓮寺には1981年(昭和56年)の日蓮大聖人第七百御遠忌の際に2代目・妙蓮寺椿が妙蓮寺寺務所前に植えられています。椿の見ごろは早咲で例年11月頃から3月末頃です。初代・妙蓮寺椿は連歌師・宗祇が賞賛しました。
妙蓮寺椿見ごろ
妙蓮寺は1294年(永仁2年)に四条門流の祖・日像上人が日蓮聖人からの帝都弘通宗義天奏の遺命を受け、五条西洞院・柳酒屋仲興の邸内に法華堂を創建し、卯木山妙法蓮華寺と称したのが起源と言われています。1587年(天正15年)に関白・豊臣秀吉の命によって現在の場所に移りました。

【法然院(ほうねんいん) 左京区鹿ケ谷御所ノ段町30】

法然院には本堂北側の中庭に五色散り椿・貴椿・花笠椿からなる三銘椿が植えられ、境内各所にやぶ椿など約30種の椿が分布しています。椿見ごろ例年3月下旬頃から4月中旬頃です。椿の見ごろに春季伽藍内特別公開が行われます。
法然院椿見ごろ
法然院は鎌倉時代初期に法然上人が弟子である安楽・住蓮とともに念仏三昧の別行を修し、六時礼讃を唱えた鹿ヶ谷草庵が起源と言われています。建永の法難で草庵は長く荒廃し、1680年(延宝8年)に知恩院38世・玄誉万無上人が法然上人ゆかりの地に念仏道場を建立することを発願し、弟子・忍澂が再興しました。

【銀閣寺(ぎんかくじ) 左京区銀閣寺町2】

銀閣寺には総門から中門に通じる長さ約50メートルの参道に椿垣(生垣)が続いています。椿の見ごろは例年3月中旬頃から4月上旬頃です。
銀閣寺椿見ごろ
銀閣寺は応仁の乱で焼失した浄土寺があった場所です。1473年(文明5年)に室町幕府8代将軍・足利義政が浄土寺跡に東山山荘・東山殿の造営を始めました。1490年(延徳2年)に足利義政が亡くなると遺命により、臨済宗相国寺派の禅寺・慈照院に改められました。慈照院の寺号は足利義政の法号・慈照院殿喜山道慶に由来しています。

【二条城(にじょうじょう) 中京区二条城町541】

二条城には城内に赤腰蓑・赤角倉・赤臘月・曙・蝦夷錦・乙女椿など約90種・約400本の椿が植えられています。椿の見ごろは例年12月頃から4月中旬頃です。
二条城椿見ごろ
二条城は平安時代に禁苑だった神泉苑の一部でした。1601年(慶長6年)に江戸幕府初代将軍・徳川家康が御所の守護・将軍の宿泊所として築城を開始し、1603年(慶長8年)に本丸御殿が完成しました。1624年(寛永元年)に江戸幕府3代将軍・徳川家光が後水尾天皇の行幸の際に大規模な改修・増築を行いました。

【等持院(とうじいん) 北区等持院北町63】

等持院には江戸時代初期に豊臣秀頼が等持院を再建した際に植えられたとも言われる有楽椿が植えられています。有楽椿は織田信長の実弟・織田有楽斎に由来しています。椿の見ごろは例年1月下旬頃から3月中旬頃です。
等持院椿見ごろ
等持院は1341年(暦応4年・興国2年)に室町幕府初代将軍・足利尊氏が等持寺の別院として、夢窓疎石を開山に北等持寺として創建されたのが起源とも言われています。1358年(延文3年・正平13年)に足利尊氏が亡くなると足利尊氏の墓所になりました。応仁の乱で等持寺が焼失し、等持院が等持寺を合寺しました。

【法金剛院(ほうこんごういん) 右京区花園扇野町49】
法金剛院には風折・黒椿・紅獅子椿・乙女椿・酒天童子などの椿が植えられています。椿の見ごろは例年2月上旬頃から4月上旬頃です。
法金剛院椿見ごろ
法金剛院は830年(天長7年)頃に清原夏野が造営した山荘があった場所です。法金剛院は837年(承和4年)の清原夏野の死後に山荘が寺院に改められ、双丘寺と称したのが起源です。その後衰退し、1130年(大治5年)に鳥羽天皇の中宮で、崇徳天皇と後白河天皇の母・待賢門院の御願により、円覚上人が再興し、法金剛院に寺号を改められました。

【真如堂(しんにょどう) 左京区浄土寺真如町82】

真如堂(真正極楽寺)には境内各所にやぶ椿・吾妻絞など約30本の椿の木が植えられています。椿の見ごろは例年1月下旬頃から4月上旬頃です。
真如堂椿見ごろ
真如堂は984年(永観2年)に比叡山の僧・戒算上人が夢告により、比叡山・常行堂の本尊・阿弥陀如来を円融天皇の女御で、一条天皇の生母である藤原詮子の女院離宮があった現在の場所に安置したのが起源と言われています。真正極楽寺の寺号は「正真正銘の極楽の霊地」という意味を込めて名付けられました。

【宝鏡寺(ほうきょうじ) 上京区寺之内通堀川東入百々町547】

宝鏡寺には庭の北端に熊谷椿、庭の西北隅に月光椿、中庭に村娘椿が植えられています。椿の見ごろは例年4月上旬頃からです。
宝鏡寺椿見ごろ
宝鏡寺は応安年間(1368年~1374年)に光厳天皇の皇女・華林宮惠厳が伊勢二見浦で網に掛かった聖観世音菩薩を景愛寺の支院・建福尼寺に安置し、後光厳天皇から宝鏡寺の寺号を賜ったのが起源と言われています。宝鏡寺の寺号は聖観世音菩薩が手に小さな円鏡を持っていることに由来します。

【大豊神社(おおとよじんじゃ) 左京区鹿ケ谷宮ノ前町1】

大豊神社には境内に仙人卜伴・不老門・肥後京錦・太神楽・紀州司・神代椿など30本を超える椿が植えられています。椿の見ごろは例年3月頃から4月頃です。
大豊神社椿見ごろ
大豊神社は社伝によると887年(仁和3年)に文徳天皇と陽成天皇の外祖父である公卿・藤原長良の娘で、宇多天皇の女官・藤原淑子が宇多天皇の病気平癒祈願の為、医薬祖神・少彦名命を東山三十六峰の第15峰目である標高約132メートルの椿ヶ峰に祀ったのが起源とも言われています。

【鹿王院(ろくおういん) 右京区嵯峨北堀町24】

鹿王院には竹林が美しい山門から伸びる石畳の参道両側にタカオカエデなどとともにやぶ椿が植えられています。椿の見ごろは例年3月下旬頃からです。
鹿王院椿見ごろ
鹿王院は1387年(嘉慶元年・元中4年)に宝幢寺内に開山塔(塔頭)として建立され、鹿王院と称したのが起源です。宝幢寺は禅寺十刹の第5位に列せられる大寺だったが、応仁の乱で廃絶し、残った宝幢寺の塔頭・鹿王院が寺籍を引き継ぎました。

【御香宮神社(ごこうのみやじんじゃ) 伏見区御香宮門前町174】

御香宮神社には参道左手横にある参集館近くにおそらく椿(五色の散り椿)が植えられています。おそらく椿の名称は伏見奉行・小堀遠州に由来しています。椿の見ごろは例年3月下旬頃から4月上旬頃です。
御香宮神社椿見ごろ
御香宮神社は起源が明確ではありません。当初、御諸神社と称していたと言われています。862年(貞観4年)9月9日に境内の椎の木の根元から香のよい香水が湧いたことから清和天皇から「御香宮」の名称を賜り、その後平安時代後期から鎌倉時代に天皇がしばしば社殿を建立したとも言われています。

【総見院(そうけんいん) 北区紫野大徳寺町59】

総見院には安土桃山時代に関白・豊臣秀吉が千利休から譲り受けて植え 豊臣秀吉がこよなく愛したとも言われる胡蝶侘助椿が植えられています。胡蝶侘助椿は樹齢約400年で、日本最古の胡蝶侘助椿とも言われています。椿の見ごろは例年早春からです。
総見院椿見ごろ
総見院は1583年(天正11年)に豊臣秀吉が本能寺の変で自刃した織田信長の一周忌追善法要の為に創建しました。総見院の寺号は織田信長の法名に由来しています。豊臣秀吉は当初、織田信長が父・織田信秀の追善菩提の為に創建した大徳寺の塔頭・黄梅院を菩提寺として増改築したが、「小なり」として総見院を創建しました。

【府立植物園(ふりつしょくぶつえん) 左京区下鴨半木町】

京都府立植物園には北東部のつばき園に古典品種から現代品種までの約250種・約600本の椿が見本形式で植えられています。椿の見ごろは例年2月上旬頃から4月下旬頃です。
京都府立植物園は1917年(大正6年)に着工し、1924年(大正13年)1月1日に日本初の公立植物園「大典記念京都植物園」として開園しました。戦後接収されていたが、1961年(昭和36年)4月から再開しました。その後再開園30年の際、改修工事が行われ、1992年(平成4年)に日本最大級の回遊式観覧温室が建設されました。
京都府立植物園椿見ごろ

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