高瀬川桜見ごろ2021(4月上旬頃)一之船入

高瀬川桜見ごろ

高瀬川桜見ごろ(時期・ライトアップ・・・)情報を紹介しています。高瀬川には一之船入(いちのふないり)付近などに染井吉野(ソメイヨシノ)・八重桜(ヤエザクラ)などが植えられ、桜と高瀬川・一之船入・石垣などの光景が美しいと言われています。高瀬川には船底の平らな木造船・高瀬舟が浮かべられています。(詳細下記参照)

【高瀬川桜見ごろ・2021年予想】
高瀬川の桜見ごろは例年4月上旬頃です。ただ桜の見ごろはその年の気候などによって多少前後することがあります。なお2021年の桜見ごろは2021年1月下旬頃から情報発信します。
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【高瀬川桜見ごろ アクセス・マップ地図】
場所・・・京都府京都市
最寄り駅・バス停・・・京都市役所前(徒歩約5分)

市バスのアクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*京都駅からは4系統(A2乗り場)、104系統(A2乗り場)、205系統(A2乗り場)
*四条河原町からは4系統、5系統、17系統、32系統、205系統
*四条烏丸からは3系統、5系統、32系統
京都市バス・アクセスダイヤ京都バス・鉄道乗換案内システム「歩くまち京都」

*地下鉄東西線の場合、最寄り駅は京都市役所前駅(徒歩約5分)

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【高瀬川桜見ごろ・桜見どころ】
高瀬川はあまり知られていない桜の名所です。高瀬川の桜見ごろは例年4月上旬頃です。高瀬川には一之船入(いちのふないり)付近などに染井吉野(ソメイヨシノ)・八重桜(ヤエザクラ)などが植えられ、桜と高瀬川・一之船入・石垣などの光景が美しいと言われています。高瀬川には船底の平らな木造船・高瀬舟が浮かべられています。なお高瀬川沿いを南北に走る木屋町通(きやまちどおり)では二条から五条までに染井吉野など約320本の桜の木が植えられています。
一之船入は江戸時代に高瀬川を使って輸送される荷物の上げ下ろしや船の方向転換をする為に造られました。一之船入は奥行約133.5メートル・幅約16メートルで、三方から荷物の上げ下ろしができました。一之船入は1934年(昭和9年)1月22日に国の史跡に指定されました。なお高瀬川では当初二条から四条に船入が7か所造られましたが、17世紀末に9か所に増えました。
染井吉野(ソメイヨシノ)は江戸時代末期に東京染井村の植木職人が江戸彼岸と大島桜を交配させて生み出したと言われています。その後明治時代初期から日本各地に広まりました。なお染井吉野は当初桜の名所である奈良吉野山に因んで、吉野・吉野桜と言われていたが、その後染井村から染井吉野と言われるようになりました。
桜(染井吉野)は2月1日以降の最高気温(毎日)の合計が600度を超えると開花し、800度を超えると満開になるとも言われています。また地域によって若干差があるが、開花から1週間から5日ほどで満開になるとも言われています。

【高瀬川 歴史・簡単概要】
高瀬川(たかせがわ)は1611年(慶長16年)に嵯峨の土倉業・角倉了以(すみのくらりょうい)と子・角倉素庵(すみのくらそあん)が京都の中心から伏見までを結ぶ為に開いた運河です。高瀬川の名称は水運に用いられた船底の平らな木造船・高瀬舟に由来しています。また高瀬川は角倉川とも言われています。高瀬川は17世紀末に淀川(よどがわ)水系の一級河川・鴨川(かもがわ)と完全に分離されました。高瀬川は1920年(大正9年)頃までの約300年間、物資の輸送などに使われてきたそうです。高瀬川には荷物の上げ下ろしや船の方向転換をする一之舟入・二之舟入・三之舟入・四之舟入・五之舟入・六之舟入・七之舟入・八之舟入・九之舟入や船廻があったが、一之舟入除いて全て埋められたそうです。ちなみに一之舟入は史跡に指定されています。高瀬川は二条付近で鴨川から分流したみそそぎ川から取水し、鴨川・みそそぎ川と平行に南流する全長約10キロの河川(運河)です。ただ現在は鴨川によって分断され、上流が高瀬川、下流が東高瀬川・新高瀬川と言われています。なお高瀬川は高瀬舟とともに森鴎外(もりおうがい)・吉川英治(よしかわえいじ)などの小説の題材に登場しています。
*参考・・・高瀬川(アクセス・歴史・見どころ・・・)wikipedia

【高瀬川桜見ごろ 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
高瀬川(アクセス・見どころ・・・)情報

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