東寺七不思議の簡単まとめ-修学旅行・観光の見所

東寺見どころ(To-ji Temple) 

東寺七不思議の簡単まとめ

東寺七不思議を簡単にまとめて分かりやすく解説します。七不思議には猫の曲がり・不開門・宝蔵・瓢箪池・北面大師・天降石・閼伽井・大仏殿写しの金堂・蓮花門などがあります。不開門は大宮通に面した東大門です。(七不思議詳細下記参照)

東寺見どころ(金堂・五重塔など)

【猫の曲がり(築地の東南隅)の解説】

●概要‐猫の曲がりは東寺を囲む築地(つきじ)の東南隅のことです。東南隅にはかつて四神のひとつである白虎(びゃっこ)像が置かれていたが、白虎像は虎ではなく、不思議なことに猫に見えたことから「猫の曲がり」と言われるようになったそうです。
●豆知識‐猫の曲がりの由来となった白虎像は明治時代に取り払われました。

【不開門(重要文化財)・東大門の解説】

●概要‐不開門(あけずのもん)は大宮通(おおみやどおり)に面した東大門(重要文化財)のことです。東大門は八脚門(はっきゃくもん)で本瓦葺(ほんがわらぶき)です。東大門は南北朝時代の1336年(延元元年・建武3年)に新田義貞(にったよしさだ)が東寺にあった室町幕府初代将軍・足利尊氏(あしかがたかうじ)の陣を決死の覚悟で攻めたが、足利尊氏は門を閉めて危うく難を逃れることができたことから不開門と言われるようになりました。
●豆知識‐不開門は鏃(やじり)痕が今も残っていることから「矢の根門」とも言われています。東大門は鎌倉時代前期(1185年~1274年)に文覚上人(もんがくしょうにん・遠藤盛遠(えんどうもりとお))が再建し、桃山時代の1605年(慶長10年)に豊臣秀頼が補修したと言われています。

【宝蔵(重要文化財)の解説】

●概要‐宝蔵(重要文化財)は慶賀門(けいがもん)を入った左手に堀を巡らせた場所にあります。石川五右衛門(いしかわごえもん)が盗みに入ろうとしても入ることが出来なかったとも言われています。また宝蔵は文覚上人(もんがくしょうにん・遠藤盛遠(えんどうもりとお))が修理したことから「文覚の校倉」とも言われています。
●豆知識‐宝蔵を修理した文覚上人はかつて北面の武士・遠藤盛遠だったが、渡辺左衛門尉源渡の妻・袈裟御前(けさごぜん)に横恋慕し、夫の身代わりになった袈裟御前を誤って殺してしまいました。その後自らの罪を悔いて出家し、「荒法師(あらほうし)」とも言われました。
●歴史‐宝蔵は平安時代後期(1086年~1184年)に建立されたと言われています。宝蔵は東寺山内の最古の建築物と言われています。宝蔵は当初南北に2棟あり、宝物を収蔵していました。

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【瓢箪池・庭園の解説】

●概要‐瓢箪池(ひょうたんえき)は五重塔の北にある池で、蓮の名所です。瓢箪池は江戸時代後期の安政年間(1855年~1860年)の大地震により、五重塔が傾いた際には掘って五重塔を安定させたも言われています。
●豆知識‐瓢箪池に関係する五重塔は国宝で、江戸時代前期の1644年(寛永21年)に江戸幕府3代将軍・徳川家光(とくがわいえみつ)の寄進によって再建されました。五重塔は高さは約55メートルで、日本国内の塔の中で最も高いと言われています。

【北面大師(弘法大師坐像)・大師堂(国宝)の解説】

●概要‐北面大師は大師堂(国宝)に北向きに安置されている弘法大師坐像(国宝)です。弘法大師坐像は鎌倉時代前期の1233年(天福元年)に仏師・康勝(こうしょう)が斎戒沐浴して一刀三礼(いっとうさんれい)ごとに「南無大師遍照金剛(なむだいしへんじょうこんごう)」と唱えなが彫ったと言われています。
●豆知識‐北面大師を安置する大師堂は後堂が1380年(天授6年・康暦2年)に再建され、前堂が1390年(元中7年・明徳元年)に増築されました。

【天降石(てんこうせき)の解説】

●概要‐天降石は大師堂の南庭にある約80センチ四方の石です。天降石は天から降ってきた石とも、撫石とも言われています。
●豆知識‐天降石に銭・白米を供え、撫でては自己の患部をさする人もいるそうです。

【閼伽井(あかい)・灌頂院(重要文化財)の解説】

●概要‐閼伽井は灌頂院(重要文化財)の北西にある屋形を設えた井戸です。閼伽井は正月(1月8日~14日)の御修法や4月21日の正御影供(しょうみえいく)に使われています。なお灌頂院は江戸時代前期の1634年(寛永11年)に徳川家光が1585年(天正13年)の伏見大地震(ふしみだいじしん)によって損壊したのを改築しました。●豆知識‐閼伽井は東寺から二条城の南にある神泉苑(しんせんえん)に通じているとも、善女龍王(ぜんにょりゅうおう)を祀っていることから雨乞いに効験があるとも言われています。
●行事‐閼伽井の屋形には正御影供の際、今年・昨年・一昨年を表す3枚の絵馬が掲げられ、馬の体躯によって経済の成長や農作物の豊凶を占います。

【大仏殿写しの金堂(国宝)・豊臣秀頼の解説】

●概要‐大仏殿写しの金堂(国宝)は関白・豊臣秀吉(とよとみひでよし)は建立した方広寺(ほうこうじ)・大仏殿を写して再建したことから大仏殿と同じく、正面の屋根が切れています。金堂は江戸時代初期の1603年(慶長8年)に関白・豊臣秀吉の子・豊臣秀頼(とよとみひでより)の寄進によって再建されました。
●豆知識‐大仏殿写しの金堂の由来となった方広寺・大仏殿は1586年(天正14年)に豊臣秀吉が松永久秀(まつながひさひで)の焼き討ちによって焼損した奈良・東大寺(とうだいじ)大仏に代わる大仏の造立を発願したの起源です。その後大仏殿は1595年(文禄4年)に完成したが、翌1596年(文禄5年)の慶長伏見地震によって大仏は倒壊しました。

【蓮花門(国宝)・文覚上人の解説】

●概要‐蓮花門(国宝)は壬生通(みぶどおり)に面した八脚門です。蓮花門は不開門(あかずのもん)とも、不祥事を起こした僧を東寺から追放したとも言われています。また弘法大師・空海が東寺から高野山に向かう際、蓮花門で大師堂の不動明王(ふどうみょうおう)が見送ったという不思議な伝承も残っています。
●豆知識‐蓮花門は鎌倉時代初期の1191年(建久2年)に文覚上人が再建しました。蓮花門は東寺山内の最古の門で、宝蔵に次いで古いと言われています。

【東寺 備考】
*参考・・・東寺(七不思議・見どころ・・・)ホームページ

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