瑞光院(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
瑞光院
瑞光院(アクセス・見どころ・歴史概要・料金・・・)情報を紹介しています。瑞光院には赤穂藩家老・大石内蔵助が切腹した赤穂城主・浅野内匠頭の短刀と衣冠を埋めた供養塔があります。なお大石内蔵助ら赤穂義士が切腹した際にはその遺志に従って、浪士の遺髪塔が供養塔の側に建てられました。
【瑞光院 アクセス・マップ】
場所・・・京都府京都市山科区安朱堂ノ後町19-2
最寄り駅・バス停・・・山科駅(徒歩約15分)
アクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*京都駅からはJR東海道本線
*地下鉄東西線の場合、最寄り駅は山科駅(徒歩約15分)
【瑞光院 拝観時間・時間(要確認)】
10:00~16:00
【瑞光院 拝観料金・料金(要確認)】
定めなし
【瑞光院 歴史・簡単概要】
瑞光院(ずいこういん)は元々豊臣政権の五奉行筆頭で、浅野氏14代当主・浅野長政(あさのながまさ)の別邸(上京区堀川鞍馬口)があった場所です。瑞光院は1613年(慶長18年)に因幡若桜藩初代藩主・山崎家盛(やまざきいえもり)が大徳寺・琢甫宗林(たくほそうりん)を開山として創建し、大徳寺の塔頭(たっちゅう)になったのが起源です。家盛の死後に家盛の法号に因んで瑞光院と号しました。その後元禄年間(1688年~1704年)初期に瑞光院3世・陽甫(ようほ)が播州赤穂城主・浅野長矩(あさのながのり・浅野内匠頭)の夫人・瑤泉院(ようぜんいん)の親戚だったこともあり、浅野家の祈願寺になりました。1701年(元禄14年)に江戸城・殿中刀傷事件によって長矩が切腹すると供養塔が建立され、1703年(元禄16年)の赤穂事件によって大石内蔵助(大石良雄)らが切腹すると遺髪が埋められて遺髪塔が建立されました。なお1962年(昭和37年)に現在の場所に移りました。
瑞光院は臨済宗大徳寺派の寺院です。
*参考・・・瑞光院(アクセス・マップ・歴史・見どころ・・・)wikipedia
【瑞光院 見どころ・文化財(非公開の場合あり)】
瑞光院の見どころは大石内蔵助が生前愛したという梅の古木です。
【瑞光院 連絡先(現在確認中)】*電話は控えて下さい。迷惑になります。
電話番号・・・+81-75-581-3803
【瑞光院 備考(アクセス・御朱印・駐車場・・・)】
【瑞光院 おすすめ散策ルート】
瑞光院からのおすすめ散策ルートは北にある龍華院・毘沙門堂を経由し、双林院(山科聖天)に向かうルートです。15分ほど散策すれば、山科の自然を感じながら双林院に行くことができ、京都観光・旅行を楽しむことができます。なお瑞光院周辺には安祥寺があり、そちらを散策するのもいいかもしれません。