圓通寺の霧島ツツジ見ごろ2026(4月下旬~5月上旬頃)
圓通寺の霧島ツツジ見ごろ(時期・アクセス・概要)
圓通寺の霧島ツツジ見ごろ(時期・イベント等)を紹介しています。圓通寺には境内に霧島つつじが植えられ、多彩な色の花を咲かせます。圓通寺にはサツキなどの植物も植えられ、霧島つつじとサツキなどを一緒に楽しめる時期もあります。比叡山を借景にした枯山水式の平庭(国の名勝)も見どころです。(詳細下記参照)
【圓通寺の霧島ツツジ見ごろ(例年時期)】
圓通寺の霧島ツツジ見ごろは例年4月下旬頃から5月上旬頃です。なお霧島ツツジの見ごろはその年の気候などによって多少前後することがあります。
京都ツツジ・サツキ名所・見ごろ
【圓通寺の霧島ツツジ見ごろ アクセス・マップ】
場所・・・京都府京都市左京区岩倉幡枝町389
最寄り駅・バス停・・・自動車教習所前(徒歩約10分)
アクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*国際会館駅からは45系統、46系統
京都バス・アクセスダイヤ
*叡山電鉄鞍馬線の場合、最寄り駅は京都精華大駅(徒歩約25分)
*地下鉄烏丸線の場合、最寄り駅は北山駅(徒歩約30分)
【圓通寺霧島ツツジ見ごろ(例年時期) 概要】
圓通寺はツツジ(躑躅)の名所です。圓通寺の霧島ツツジ見ごろは例年4月下旬頃から5月上旬頃です。
圓通寺には境内に霧島つつじが植えられ、多彩な色の花を咲かせます。拝観入口から入って直ぐの階段を上がって行くと様々な種類と色の霧島ツツジが咲いています。圓通寺にはサツキ(皐月)・シュモクレン(朱木蓮)などの植物も植えられ、霧島つつじとサツキなどを一緒に楽しめる時期もあります。なお圓通寺では古歌に「都の富士」と詠われた比叡山(ひえいざん)を借景にした枯山水式の平庭(国の名勝)も見どころです。
霧島ツツジ(霧島躑躅)はツツジ科ツツジ属の常緑低木です。霧島ツツジはキリシマ (霧島)とも言われています。霧島ツツジは鹿児島に野生するサタツツジ(佐田躑躅)とヤマツツジ(山躑躅)を主とし、ミヤマキリシマ(深山霧島)が加わった交配種とも言われています。江戸時代前期に薩摩(鹿児島)から大坂、そして京都・江戸(東京)に広まり、江戸時代末期から欧米に輸出されました。江戸時代後期の天保年間(1830年~1843年)に久留米藩(くるめはん)・坂本元蔵(さかもともとぞう)は霧島ツツジから200余品種を作り出し、クルメツツジの育種の始祖と称されました。霧島ツツジは樹高が60センチ~90センチで、葉は広い楕円形です。霧島ツツジは春に小枝の先に紅色の漏斗状の花を数個つけます。
枯山水式の平庭は江戸時代初期に作庭されたとも言われています。枯山水式の平庭は東側の比叡山を築山に見立て、周囲にサザンカなど50種の生垣が巡らされ、杉・ヒノキの木立を通して比叡山を眺めることができます。枯山水式の平庭は青苔を主体に刈込みと石などが配されています。大小40余りの石は後水尾上皇(第108代・後水尾天皇)が自ら配したとも言われています。
【圓通寺・円通寺 歴史・簡単概要】
圓通寺(円通寺)は江戸時代(1603年~1868年)前期に第108代・後水尾天皇の山荘・幡枝御殿があった場所です。その後1656年(明暦2年)に後水尾上皇が修学院離宮の造営を開始し、幡枝御殿は近衛家に譲渡されました。圓通寺は1678年(延宝6年)に左大臣・園基任の三女で、第112代・霊元天皇の乳母・円光院殿瑞雲文英尼大師(文英尼)が妙心寺10世・景川宗隆禅師を勧請開山に山荘・幡枝御殿を寺院に改めて創建しました。後水尾上皇から勅願「大悲・圓通」を賜りました。1680年(延宝8年)に霊元天皇の勅願所になりました。霊元天皇は度々行幸し、その後皇室の祈願所になり、庇護されました。後水尾天皇の中宮・東福門院の御所を移築した御幸御殿(客殿)には後水尾天皇以降の歴代天皇・皇后の尊碑が祀られています。1954年(昭和29年)に枯山水式の庭園が国の名勝に指定されました。2015年(平成27年)に山門「天寿洞」が再建されました。
*参考・・・圓通寺・円通寺(アクセス・マップ・歴史・見どころ・・・)wikipedia
【圓通寺の霧島ツツジ見ごろ 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
圓通寺(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)情報















