大善寺の歴史-修学旅行・観光の簡単解説

大善寺の歴史を時代別年表にまとめ

大善寺の歴史を簡単にまとめています。大善寺は705年(慶雲2年)に藤原鎌足の長男・定慧が創建し、法雲寺と称したのが起源と言われています。平安時代前期に小野篁が1本の桜から6体の地蔵尊を自ら刻んだと言われています。(時代別年表・重要人物下記参照)

大善寺(アクセス・歴史・・・)

【定慧(じょうえ・定恵)】

●定慧は643年(皇極天皇2年)に藤原氏の祖・藤原鎌足(ふじわらのかまたり・中臣鎌足(なかとみのかまたり))の長男・中臣真人として生れました。653年(白雉4年)に留学僧として遣唐使とともに唐(中国)に渡り、長安・懐徳坊にある慧日道場に住し、三蔵法師玄奘の弟子・神泰法師のもとで学びました。665年(天智天皇4年)に唐(中国)の使節・劉徳高ら250余人の大使節団とともに百済を経て帰国し、同年12月に大原(奈良県高市郡明日香村小原)で亡くなったとも言われています。百済人に毒殺されたとも言われています。また定慧(定恵)は「元亨釈書」によると714年(和銅7年)に亡くなったとも言われています。

【大善寺の起源・始まり】

●大善寺は705年(慶雲2年)に藤原鎌足(中臣鎌足)の長男・定慧(定恵)が創建し、法雲寺(ほううんじ)と称したのが起源と言われています。

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【平安時代(794年頃~1185年頃)の歴史・出来事】

●平安時代前期に昼は宮中に赴き、夜は閻魔之廰(えんまのちょう)に仕えた公卿(くぎょう)・文人である小野篁(おののたかむら)は一度亡くなって冥土(めいど)に行き、生身の地蔵尊(じぞうそん)を拝して蘇り、1本の桜から6体の地蔵尊(じぞうそん・地蔵菩薩))を自ら刻んだと言われています。なお大善寺は六地蔵とも言われるようになりました。
●852年(仁寿2年)に園城寺(おんじょうじ・三井寺(みいでら))の智証大師(ちしょうだいし)・円珍(えんちん)が伽藍を修造し、天台宗(てんだいじゅう)に改めました。
●保元年間(1156年~1159年)に第77代・後白河天皇(ごしらかわてんのう)の勅命により、平清盛(たいらのきよもり)が西光法師(さいこうほうし)に命じ、都に通じる主要街道の入口に6体の地蔵尊の内、伏見地蔵(ふしみじぞう)を除く、5体の地蔵尊(鳥羽地蔵(とばじぞう)・桂地蔵(かつらじぞう)・常盤地蔵(ときわじぞう)・鞍馬口地蔵(くらまぐちじぞう)・山科地蔵(やましなじぞう))を祀ったと言われています。都で疫病が流行し、後白河天皇が平清盛が命じたと言われています。六地蔵めぐりが始まると大善寺は六地蔵めぐりの根本道場とされました。

【鎌倉時代(1185年頃~1333年頃)の歴史・出来事】

●鎌倉時代以降に度々焼失したり、荒廃したりしたと言われています。

【室町時代(1336年頃~1573年頃)の歴史・出来事】

●1467年(応仁元年)に応仁の乱(おうにんのらん)が起こり、その後衰退した言われています。

【戦国時代(1493年頃~1590年頃)の歴史・出来事】

●永禄年間(1558年~1570年)に頓誉琳公(とんよりんこう)が中興し、浄土宗(じょうどしゅう)に改められました。

【江戸時代(1603年頃~1868年頃)の歴史・出来事】

●1665年(寛文5年)に江戸幕府2代将軍・徳川秀忠(とくがわひでただ)の娘で、第108代・後水尾天皇(ごみずのおてんのう)の中宮・東福門院(とうふくもんいん・徳川和子(とくがわまさこ))が子・興子内親王(第109代・明正天皇(めいしょうてんのう))の安産祈願成就のお礼として鐘楼を寄進しました。
●1703年(元禄16年)に焼失しと言われています。
●宝永年間(1704年~1711年)に勧修寺(かじゅうじ)の宸殿を移築し、本堂が建立されました。

【大善寺ゆかりの小野篁】

小野篁は802年(延暦21年)に参議・小野岑守の長男として生れました。若年の頃に弓馬に熱中し、学問を顧みなかったことから第52代・嵯峨天皇を嘆かせたが、一念発起して学業に励み、822年(弘仁13)に文章生の試験に合格しました。その後巡察弾正・弾正少忠・大内記・蔵人・式部少丞などを歴任し、834年(承和元年)に遣唐副使に任じられたが、838年(承和5年)に遣唐大使・藤原常嗣と乗船を巡って争って乗船を拒否し、嵯峨上皇の怒りを買って隠岐(島根)に配流されました。840年(承和7年)に京都に召還され、その後刑部大輔・陸奥守・東宮学士・蔵人頭などを歴任し、847年(承和14年)に参議に昇進しました。小野篁は「令義解」の編纂に携わり、「小倉百人一首」に「わたの原 八十島かけて 漕ぎ出でぬと 人にはつげよ 海人の釣舟」が残されています。小野篁は反骨精神から野相公・野宰相・野狂とも称されました。なお小野篁は853年(仁寿2年)に亡くなりました。

【大善寺の歴史 備考】
*参考・・・大善寺(アクセス・歴史・・・)wiki

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