伏見桃山城運動公園(アクセス・マップ・見どころ・・・)

伏見桃山城運動公園

伏見桃山城運動公園(アクセス・見どころ・拝観料金・・・)情報を紹介しています。伏見桃山城ゆかりの豊臣秀吉は1537年(天文6年)に木下弥右衛門の子として生まれ、1554年(天文23年)に織田信長に仕え、その後戦功を重ねて頭角を現し、1582年(天正10年)に明智光秀を山崎の戦い破り、四国・九州・関東・奥羽を平定し、1590年(天正18年)に天下を統一を成し遂げました。

【伏見桃山城運動公園 アクセス・マップ】
場所・・・京都府京都市伏見区桃山町大蔵
最寄り駅・バス停・・・近鉄丹波橋駅(徒歩約20分)

アクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*近鉄京都線

*JR奈良線の場合、JR藤森駅(徒歩約22分)
*京阪本線の場合、丹波橋駅(徒歩約20分)
路線・時刻表・運賃チェック

【伏見桃山城運動公園 拝観時間・時間(要確認)】
6:00~19:00(野球場・日照時間により変動)
6:00~21:00(多目的グラウンド・日照時間により変動)
年末年始(12月29日~1月3日)は休園

【伏見桃山城運動公園 拝観料金・料金(要確認)】
有料施設あり

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【伏見桃山城運動公園 歴史・簡単概要】
伏見桃山城運動公園(ふしみももやまじょううんどうこうえん)は伏見区の桃山丘陵にある敷地面積約91,000平方メートルの運動公園です。伏見桃山城運動公園はかつて桃山時代に関白・豊臣秀吉が築城した木幡山伏見城の花畑曲輪跡です。伏見城は1592年(天正20年)に秀吉が豊臣秀次(とよとみひでつぐ)に関白職を譲り、平安時代から観月の名所であった伏見指月に隠居屋敷を造営したのが始まりです。1593年(文禄2年)に秀頼(ひでより)が誕生し、大坂城を秀頼に譲る為に隠居屋敷が指月伏見城に改修されて城下町も整備されたが、1596年(慶長元年)の慶長伏見地震(けいちょうふしみじしん)で建物が倒壊しました。その後北約500メートルにある木幡山(こばたやま)に場所を移して木幡山伏見城の築城が再開され、1597年(慶長2年)に天守閣が完成し、1598年(慶長3年)に秀吉が城内で亡くなりました。1600年(慶長5年)に関ヶ原の戦いの際に主要な建物が焼失し、1601年(慶長6年)に江戸幕府初代将軍・徳川家康(とくがわいえやす)が入城し、伏見城の再建と二条城の築城に着手しました。1619年(元和5年)から一国一城令で廃城が決定し、1625年(寛永2年)に破却が完了しました。1964年(昭和39年)に花畑曲輪跡に遊園地・伏見桃山城キャッスルランドが建設され、洛中洛外図に描かれた伏見城を参考にして5重6階の大天守・3重4階の小天守も建設されました。2003年(平成15年)に伏見桃山城キャッスルランドが閉園になり、その後京都市に無償譲渡され、2004年(平成16年)から京都市が運動公園として整備を開始し、2007年(平成19年)4月1日に開園しました。
*参考・・・伏見桃山城運動公園(アクセス・歴史・見どころ・・・)

【伏見桃山城運動公園 見どころ・文化財】
伏見桃山城運動公園の見どころは5重6階の大天守・3重4階の小天守です。大天守・小天守は取り壊される予定だったが、地元の要望で残されたが、耐震強度の問題から内部に入ることはできません。また桜も見どころです。

*京都には多くの桜名所があり、その桜見ごろを下記リンクから確認できます。
京都桜見ごろ2022

【伏見桃山城運動公園 連絡先(要確認)】
電話番号・・・075-602-0605(伏見桃山城運動公園)

【伏見桃山城運動公園 備考(アクセス・御朱印・駐車場・・・)】

【伏見桃山城運動公園 おすすめ散策ルート】
伏見桃山城運動公園からのおすすめ散策ルートは少し距離があるが、JR奈良線・近鉄京都線・京阪本線西側にある金札宮を散策することです。30分ほど散策すると金札宮に行くことができ、京都観光・旅行を楽しむことができます。なお伏見桃山城運動公園周辺にはあまり観光スポットが多くない為、次の観光スポットに向かい、その周辺を散策するのもいいかもしれません。

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