本妙寺四十七士記念義士祭2015/12/14

四十七士記念義士祭

本妙寺四十七士記念義士祭

本妙寺四十七士記念義士祭(日程・時間・・・)を紹介しています。四十七士記念義士祭は毎年赤穂浪士が討ち入りした12月14日に行われます。義士祭では四十七士の像が安置されている義士堂(宝物館)で法要が行われるだけでなく、本堂では琵琶も奉納されます。また遺品なども公開されます。(詳細下記参照)

【本妙寺四十七士記念義士祭2015 日程時間(要確認)】
本妙寺四十七士記念義士祭2015は2015年12月14日(月曜日)10:00~14:00まで行われます。なお法要は10:00から行われます。

【本妙寺四十七士記念義士祭 アクセス・マップ地図】
場所・・・京都府京都市左京区仁王門通東大路東入北門前町490
最寄り駅・バス停・・・東山仁王門(徒歩すぐ)

市バスのアクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*京都駅からは206系統(D2乗り場)
*四条河原町からは46系統、201系統、203系統
*四条烏丸からは31系統、201系統、203系統
*河原町丸太町からは202系統
京都市バス・アクセスダイヤ京都バス・鉄道乗換案内システム「歩くまち京都」

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【本妙寺四十七士記念義士祭 歴史・簡単概要】
本妙寺四十七士記念義士祭(しじゅうしちしきねんぎしまつり)は四十七士の像が安置されている義士堂(宝物館)で法要が行われます。その後貝賀弥左衛門友信(かいがやざえもんとものぶ)の墓でも法要が行われます。義士祭では本堂では琵琶も奉納されたり、遺品も公開されたりします。なお本妙寺には貝賀弥左衛門友信の墓以外にもその妻・おさん、そして貝賀弥左衛門友信と同様に赤穂義士で、兄の吉田忠左衛門兼亮(よしだちゅうざえもんかねすけ)とその子・吉田沢右衛門兼貞(よしださわえもんかねさだ)の墓があります。
赤穂事件(あこうじけん)は1701年(元禄14年)3月14日、赤穂藩藩主・浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)が高家・吉良上野介に江戸城松の大廊下で斬り掛かったことが発端です。内匠頭は幕府が朝廷の使者を接待していたこともあり、即日切腹となり、赤穂藩も取り潰しが決定しました。なお内匠頭が切り掛かった理由は「この間の遺恨」で、具体的な理由は明確ではありません。
赤穂義士による吉良邸への討ち入りは1702年(元禄15年)12月14日に行われました。討ち入り後は吉良の首を泉岳寺の内匠頭の墓前に供え、寺坂吉右衛門を除き、幕府に報告・出頭しました。その後赤穂義士は一時お預けになったが、1703年(元禄16年)2月4日に切腹となりました。なお赤穂義士は内匠頭と同じ泉岳寺に埋葬され、1739年(元文4年)に墓が建てられました。

【本妙寺 歴史・簡単概要】
本妙寺(ほんみょうじ)・赤穂義士の寺は1315年(正和4年)日蓮宗の開祖・日蓮の弟子・日像上人(にちぞうしょうにん)が岩倉の代官・渡辺氏の帰依により、渡辺邸を寺に改めたのが起源とも、1574年(天正2年)妙覚寺18世・日典(にちでん)が新烏丸丸太町に創建したのが起源とも言われています。その後1708年(宝永5年)宝永の大火によって類焼し、1728年(享保13年)に現在の場所に移り、本堂が再建されました。1930年(昭和5)赤穂義士・貝賀弥左衛門友信 (かいがやざえもんとものぶ)の子孫が遺品や遺墨を奉納し、義士堂(宝物館)が建立されました。
本妙寺は日蓮宗妙覚寺派の寺院です。
*参考・・・本妙寺

【本妙寺四十七士記念義士祭 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
四十七士記念義士祭2015は
本妙寺(アクセス・見どころ・・・)情報

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