平野神社名月祭2019/9/13

平野神社名月祭(日程・時間・・・)を紹介しています。名月祭は毎年中秋の名月の日に行われています。名月祭は平安時代の雅を現在に再現する為に行われています。名月祭では神前にすすき・里芋・月見だんごなどを供えて神事が行われます。神事終了後、日本舞踏・琴・尺八・雅楽などの伝統芸能が拝殿で奉納されます。また抹茶席も設けられます。(要確認)(詳細下記参照)

●2018年(平成30年)の台風21号によって拝殿が倒壊し、伝統芸能の奉納などに変更がある場合があります。(要確認)

【平野神社名月祭2019 日程時間(要確認)】
平野神社名月祭2019は2019年(令和元年)9月13日(金曜日)18:30から行われます。
京都お月見2019

【平野神社名月祭 アクセス・マップ地図】
場所・・・京都府京都市北区平野宮本町1
最寄り駅・バス停・・・衣笠校前(徒歩すぐ)

市バスのアクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*京都駅から平野神社は50系統(B2乗り場)、205系統(B3乗り場)
*四条河原町15系統、51系統、205系統
*四条烏丸からは55系統
*河原町丸太町からは204系統、205系統
京都市バス・アクセスダイヤ京都バス・鉄道乗換案内システム「歩くまち京都」

*嵐電(京福電鉄)北野線の場合、最寄り駅は北野白梅町駅(徒歩約7分)

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【平野神社名月祭 歴史・簡単概要】
平野神社名月祭(めいげつさい)は平安時代の雅を現在に再現する為に行われています。
名月祭では先ず神前にすすき・里芋・月見だんごなどを供えて神事が行われます。神事終了後、日本舞踏・琴・尺八・雅楽などの伝統芸能が拝殿(舞殿)で奉納されます。また名月祭では抹茶席も設けられます。(要確認)ちなみに拝殿は釘を用いない、接木の工法の為、接木の拝殿とも言われています。
中秋(仲秋)の名月(ちゅうしゅうのめいげつ)は秋の真ん中である旧暦の8月15日(十五夜・じゅうごや)の満月を言います。月見は縄文時代から行われていたとも言われています。その後中秋の名月(十五夜)を鑑賞する風習が中国・唐から伝わり、平安時代に盛んに行われるようになりました。919年(延喜19年)に宇多法皇(第59代・宇多天皇)が旧暦の9月13日に十三夜(じゅうさんや)の月見を催し、966年(康保3年)には宮中の正式な行事になったとも言われています。十三夜(旧暦の9月13日)の月見は日本独自のものだったそうです。なお平安時代には月を直接見ず、池や杯に映して月を楽しんだそうです。
月見ではススキを飾り、月見団子・枝豆・栗などと収穫されたばかりの里芋が供えられました。その為十五夜の月は芋名月(いもめいげつ)とも言われるそうです。

【平野神社 歴史・簡単概要】
平野神社(ひらのじんじゃ)は「続日本紀」に「田村後宮の今木大神に従四位を授ける」と記され、782年(延暦元年)には平城宮の宮中(第49代・光仁天皇の御所)に祀られていました。その後794年(延暦13年)の第50代・桓武天皇による平安京遷都とともに平城京の田村後宮(たむらこうきゅう)に祀られていた三神(今木神・久度神・古開神)が移されたのが起源と言われています。981年(天元4年)に第64代・円融天皇が行幸し、その後皇太子守護の神社として、祭礼・平野祭では皇太子が自ら奉幣を行いました。また源氏・平氏などの氏神として崇敬され、「八姓の祖神」とも言われました。その後応仁の乱(1467年(応仁元年)~1477年(文明9年))や1536年(天文5年)の天文法華の乱によって焼失し、慶安年間(1648年~1652年)に公家・西洞院時慶(にしのとういんときよし)が第107代・後陽成天皇の勅許によって修造し、1650年(慶安3年)には第108代・後水尾天皇の中宮・東福門院(徳川和子)が拝殿などを再建しました。
*参考・・・平野神社(アクセス・歴史・・・)ホームページ平野神社(アクセス・歴史・・・)wikipedia

【平野神社名月祭 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
桜名所・平野神社(アクセス・見どころ・・・)情報
平野神社見どころ

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