間人百度打ち2026年2月1日(化粧まわし)

間人百度打ち(日程・アクセス・概要)

間人百度打ち(日程時間など)を紹介しています。百度打ちは例年節分(立春の前日)に近い日曜日に行われます。百度打ちでは早朝から化粧まわしを締めた岡成地区の若者が威勢のよい掛け声を掛けながら岡成地区を駆け巡ります。浜辺で各人が6個の小石を拾い、3つの神社に各人が2個ずつ小石を奉納します。(詳細下記参照)

【間人百度打ち2026 日程時間(要確認)】
間人百度打ち2026は2026年(令和8年)2月1日(日曜日)7:00~8:00に行われます。(現在確認中・要注意)
*参考・・・京都府北部地域連携都市圏振興社京丹後地域本部・丹後町支部ホームページ

【間人百度打ち アクセス・マップ】
場所・・・京都府京丹後市丹後町間人
最寄り駅・バス停・・・後(徒歩すぐ) 確認

アクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*京都丹後鉄道宮豊線網野駅から丹海バス・間人行き
路線・時刻表・運賃チェック

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【間人百度打ち 歴史・簡単概要】
間人百度打ち(ひゃくどうち)は江戸時代(1603年~1868年)から岡成(おがなり)地区で行われている伝統行事です。ただ太平洋戦争中や戦後に一時期途絶えたが、昭和40年代に伝統を後世に継承する為に復活しました。百度打ちでは厄除け・無病息災・家内安全・豊漁・五穀豊穣などを祈願します。なお百度打ちは例年節分(立春の前日)に近い日曜日と10月の第2日曜日の秋祭りの年2回行われています。秋祭りの百度打ちは1年間のお礼参りとして行われます。
百度打ちではまだ暗く寒い早朝から化粧まわしを締めた岡成地区の若者が「わっしょい、わっしょい」の威勢のよい掛け声を掛けながら岡成地区を駆け巡ります。岡成地区は相撲を好む土地柄の為、「立岩」・「勇若」・「濱嵐」・「城嶋ヶ崎」などの四股名(しこな)が付いた緞子(どんす)の化粧まわしを締めるのが伝統になっています。ちなみに足元は裸足や草鞋です。1914年(大正3年)の第123代・大正天皇(たいしょうてんのう)即位の際に制作された化粧まわしもあるそうです。百度打ちでは浜辺で各人が6個の小石を拾い、三柱神社・稲荷神社・早尾神社の3つの神社に各人が2個ずつ小石を奉納します。かつては海に入って身を清め、小石を拾って神社に供えることを繰り返していたことから「百度打ち」の名称になったとも言われています。
午前6時半頃に岡成公民館に集合し、後ヶ浜(のちがはま)でお神酒を奉納し、その後地区長宅で暖かいものなどの接待を受け、3つの神社に立ち寄って小石を奉納し、岡成区民センターに戻って終了になります。

【間人 歴史・簡単概要】
間人(たいざ)は京都府京丹後市丹後町の地名です。間人の地名は第31代・用明天皇(ようめいてんのう)の皇子・聖徳太子(しょうとくたいし)の生母・間人皇后(はしうどこうごう)が大臣(おおおみ)の蘇我氏(そがし)と大連(おおむらじ)の物部氏(もののべし)の争乱を避け、丹後間人に身を寄せ、その後立ち去る際に自らの名前を贈ったが、住民が「はしうど」と呼び捨てすることを畏れ多く思い、皇后が立ち去る退座(たいざ)に因んで、「たいざ」と読み替えたのが起源とも言われています。間人は丹後半島(たんごはんとう)北西岸に位置し、日本海に突き出ています。間人は東部を竹野川が北流し、河口に立岩があり、景勝地として知られています。立岩には聖徳太子の弟・麻呂子親王が鬼を封じ込めたという伝承が残されています。平安時代(794年~1185年)中期に編纂された「和名抄(わみょうしょう)」に「間人郷」が記されています。なお丹後半島の沖合は急深な海底地形になっており、ズワイガニのよい漁場になっており、間人漁港に水揚げされた一部のズワイガニは高級ブランドガニである間人ガニとして知られています。
*参考・・・間人(アクセス・マップ・歴史・見どころ・・・)wikipedia

【間人百度打ち 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。

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