吉田神社神楽岡社神幸祭2019/10/21(日程・・・)

神楽岡社神幸祭

吉田神社神楽岡社神幸祭

吉田神社神楽岡社神幸祭(日程・時間・・・)を紹介しています。神楽岡社神幸祭は毎年10月に行われます。神幸祭では先ず神事が行われ、その後鳳輦(ほうれん)・獅子舞・子供神輿・稚児などが神楽岡社が産土神となっている氏子地区・神楽岡町内を巡行します。なお神楽岡(神楽ケ岡)は吉田神社がある吉田山(よしだやま)別名です。(詳細下記参照)

【吉田神社神楽岡社神幸祭2019 日程時間(要確認)】
吉田神社神楽岡社神幸祭2019は2019年(令和元年)10月20日(日曜日)10:30から行われます。なお11:00頃から鳳輦などが巡行します。

【吉田神社神楽岡社神幸祭 アクセス・マップ地図】
場所・・・京都府京都市左京区吉田神楽岡町30番地
最寄り駅・バス停・・・京大正門前(徒歩約5分)

市バスのアクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*京都駅から吉田神社は206系統(D2乗り場)
*四条河原町からは31系統、201系統
*四条烏丸からは31系統、201系統
京都市バス・アクセスダイヤ京都バス・鉄道乗換案内システム「歩くまち京都」

*京阪電鉄鴨東線の場合、最寄り駅は出町柳駅(徒歩約20分)

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【吉田神社神楽岡社神幸祭 歴史・簡単概要】
神楽岡社(吉田神社)神幸祭(しんこうさい)では鳳輦(ほうれん)などが神楽岡社が産土神となっている氏子地区・神楽岡町内を巡行します。
神幸祭では先ず神事が行われ、その後太鼓を先頭に鳳輦・獅子舞・子供神輿・樽神輿・稚児などが氏子地区を巡行します。
神楽岡(神楽ケ岡)は吉田神社がある吉田山(よしだやま)別名で、吉田山はかつて神楽岡と呼ばれていたそうです。ちなみに吉田山は標高約105メートルで、東山三十六峰に含まれているそうです。
鳳輦は屋根に鳳凰(ほうおう)の飾りのある乗り物です。鳳輦はかつて天皇の正式な乗り物だったが、現在神社の祭礼などに使われています。なお鳳凰(ほうおう)は中国神話の伝説の霊鳥です。

【神楽岡社 歴史・簡単概要】
神楽岡社(かぐらおかしゃ)は吉田神社の摂社です。神楽岡社は起源が明確ではありません。神楽岡社は吉田神社が造営される以前から祀られていたと言われています。延喜式には「霹靂神 神楽岡に坐す」と記されているそうです。なお神楽岡社は大雷神(おおいかづちのかみ)・大山祇神(おおやまづみのかみ)・高おかみの神(たかおかみのかみ)を祀り、古くから水を司る神・雷除の神として信仰されています。また神楽岡社は神楽岡町の産土神となっています。

【吉田神社 歴史・簡単概要】
吉田神社(よしだじんじゃ)は平安時代前期の859年(貞観元年)に中納言・藤原山蔭(ふじわらのやまかげ)が平安京の鎮守神として、藤原氏の氏神である奈良・春日大社(かすがたいしゃ)に祀られている四座の神(建御賀豆智命(たけみかづちのみこと)・伊波比主命(いはいぬしのみこと)・天之子八根命(あめのこやねのみこと)・比売神(ひめがみ))を吉田山に勧請したのが起源です。吉田山は古くから「神が集いし岡」を意味する神楽岡(かぐらおか)と言われています。平安時代中期の987年(永延元年)に吉田祭が公祭になり、991年(正暦2年)に二十二社の前身である十九社奉幣に加列されました。その後応仁の乱(1467年(応仁元年)~1477年(文明9年))の兵火によって本殿が焼失したとも言われています。文明年間(1469年~1486年)に神道家・吉田兼倶(よしだかねとも)が室町幕府第8代将軍・足利義政(あしかがよしまさ)の妻・日野富子(ひのとみこ)などの寄進により、吉田神道(唯一神道)を創始し、天神地祇八百萬神(あまつかみくにつかみやおよろづのかみ)を祀る斎場所大元宮(さいじょうしょだいげんぐう)を建立したと言われています。
*参考・・・吉田神社(アクセス・歴史・見どころ・・・)ホームページ吉田神社(アクセス・歴史・見どころ・・・)wikipedia

【吉田神社神楽岡社神幸祭 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
吉田神社(アクセス・見どころ・・・)情報

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