勧修寺花菖蒲見ごろ2021(5月下旬~6月上旬頃)

勧修寺花菖蒲見ごろ(例年)・見どころ

勧修寺花菖蒲見ごろ(時期・イベント・・・)情報を紹介しています。勧修寺では池泉式庭園・勧修寺庭園(京都市の名勝)池庭の中心である氷室池に花菖蒲が植えられ、紫・ピンク・白色などの花を咲かせます。なお勧修寺にはスイレン・アジサイ・半夏生なども植えられ、花菖蒲と一緒に楽しめる場合もあります。(詳細下記参照)

【勧修寺 花菖蒲見ごろ(例年)】
勧修寺の花菖蒲の見ごろ例年5月下旬頃から6月上旬頃です。ただ花菖蒲の見ごろはその年の気候などによって多少前後することがあります。
京都花菖蒲名所・見ごろ

【勧修寺花菖蒲見ごろ アクセス・マップ】
場所・・・京都府京都市山科区勧修寺仁王堂町27-6
最寄り駅・バス停・・・小野駅(徒歩約5分)

京阪アクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*四条大宮・四条烏丸・四条河原町・三条京阪からは83系統、83A系統、84系統、86系統、86B系統、87A系統、87B系統、88B
路線・時刻表・運賃チェック

*地下鉄東西線の場合、最寄り駅は小野駅(徒歩約6分)

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【勧修寺 花菖蒲見ごろ(例年)・簡単解説】
勧修寺は花菖蒲(ハナショウブ)の名所です。勧修寺の花菖蒲の見ごろは例年5月下旬頃から6月上旬頃です。
勧修寺では池泉式庭園・勧修寺庭園(京都市の名勝)池庭の中心である氷室池(ひむろいけ)に花菖蒲が植えられ、紫・ピンク・白色などの花を咲かせます。ちなみに花菖蒲は同じアヤメ科のアヤメ(菖蒲)・カキツバタ(杜若)と見分けがつきにくいが、一般的に花菖蒲は花の付け根が黄色くなっています。花菖蒲と氷室池・観音堂などの光景が美しいと言われています。ちなみに勧修寺にはスイレン(5月中旬頃~6月下旬頃)・アジサイ・半夏生(はんげしょう)なども植えられ、花菖蒲と一緒に楽しめる場合もあります。なお勧修寺の花菖蒲は上賀茂神社に奉納され、境内に植えられているそうです。
氷室池は池庭の中心です。池庭と書院の南に広がる平庭は900年(昌泰3年)の勧修寺創建前の宮道弥益の邸宅だった時代に既に作庭されていたとも言われています。氷室池では平安時代に池に張った氷を宮中に献上し、その厚さで五穀豊穣を占ったとも言われています。また氷室池は安土桃山時代に関白・豊臣秀吉が伏見街道を整備した際に南側が埋め立てられ、現在の姿になったとも言われています。
観音堂は1931年(昭和6年)に再建されました。観音堂は大斐閣とも言われ、本尊・観世音菩薩像を安置しています。
花菖蒲(ハナショウブ)はアヤメ科アヤメ属の多年草です。花菖蒲は同じアヤメ科アヤメ属の多年草である杜若(カキツバタ)とともに菖蒲(アヤメ)とも言われています。花菖蒲は日本や中国・朝鮮半島などの水辺・湿原・湿った草原などに自生し、6月~7月に赤紫色の花を咲かす野花菖蒲(ノハナショウブ)の園芸種です。園芸種には江戸郊外堀切の菖蒲園で作られた江戸花菖蒲、江戸花菖蒲から作出された花弁の幅が広く豪華な肥後花菖蒲と花弁が優美に垂れ下がる伊勢花菖蒲、そして原種の特徴を強く残す長井古種などがあります。またヨーロッパ原産のキショウブとの交雑によって生まれた黄色花が咲く園芸種もあります。ちなみに花菖蒲には花色(白・桃・紫・青・黄色など)や絞り・覆輪(ふくりん)など組み合わせると約5,000種類もあるそうです。一般的に花菖蒲は高さ60センチ~1.2メートルで、葉が長さ30~60センチの線形剣状で中脈が隆起し、花は高さ40~100センチの花茎の頂に咲きます。花は内側3枚の内花被片と外側3枚の外花被片があり、外花被片は楕円形で垂れ下がり、基部に黄のマークがあります。

【勧修寺 歴史・簡単概要】
勧修寺(かじゅうじ)は平安時代前期の900年(昌泰3年)に第60代・醍醐天皇(だいごてんのう)が生母・藤原胤子(ふじわらのいんし・ふじわらのたねこ)の追善の為、胤子の同母兄弟である右大臣・藤原定方(ふじわらのさだかた)に命じ、胤子の祖父・宮道弥益(みやじいやます)の邸跡を法相宗(ほっそうしゅう)の僧・承俊律師(しょうしゅんりっし)を開山として寺院に改めたのが起源と言われています。勧修寺の名称は胤子の父・藤原高藤(ふじわらのたかふじ)の諡号(しごう)に由来しています。その後905年(延喜5年)に定額寺(じょうがくじ)に列せられ、平安時代後期に真言密教の事相に通じた勧修寺7世・寛信(かんしん)が真言宗小野流の一派・勧修寺流の祖になりました。南北朝時代に第93代・後伏見天皇(ごふしみてんのう)の第7皇子・寛胤法親王(かんいんほうしんのう)が勧修寺15世になって宮門跡寺院になり、その後最盛期を迎えたと言われています。しかし室町時代中期の応仁の乱(1467年(応仁元年)~1477年(文明9年))の兵火などで焼失して衰退し、桃山時代に関白・豊臣秀吉が伏見街道を整備した際に境内地が削減されました。江戸時代前期の1682年(天和2年)に第112代・霊元天皇(れいげんてんのう)の皇子・済深法親王(さいしんほっしんのう)が入寺し、皇室・徳川家の援助によって復興されました。
勧修寺は真言宗山階派の大本山です。
*参考・・・勧修寺(アクセス・歴史・見どころ・・・)wikipedia

【勧修寺花菖蒲見ごろ 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
勧修寺(アクセス・見どころ・・・)情報

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