上賀茂神社花菖蒲見ごろ2025(5月下旬~6月中旬頃)
上賀茂神社花菖蒲見ごろ(見頃)
上賀茂神社花菖蒲見ごろ(時期・イベント・・・)情報を紹介しています。上賀茂神社では渉渓園を流れるならの小川に沿って花菖蒲のプランタンが並べられ、紫・白色などの花を咲かせます。渉渓園は普段柵で締め切られているが、花菖蒲の見ごろに合わせて一般公開されています。(要確認)(詳細下記参照)
【上賀茂神社花菖蒲見ごろ(例年時期)】
上賀茂神社の花菖蒲の見ごろ例年5月下旬頃から6月中旬頃です。ただ花菖蒲見ごろはその年の気候などによって多少前後することがあります。
京都花菖蒲名所・見ごろ
【上賀茂神社花菖蒲見ごろ アクセス・マップ】
場所・・・京都府京都市北区上賀茂岡本町
最寄り駅・バス停・・・上賀茂神社前(徒歩約15分)
アクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*京都駅からは4系統(A2乗り場)
*四条河原町からは4系統、46系統
*四条烏丸からは46系統
*河原町丸太町からは4系統
路線・時刻表・運賃チェック
*地下鉄烏丸線の場合、最寄り駅は北山駅(徒歩約15分)
【上賀茂神社花菖蒲見ごろ(例年時期)・見どころ 簡単概要】
上賀茂神社は花菖蒲(ハナショウブ)の名所です。上賀茂神社の花菖蒲見ごろは例年5月下旬頃から6月中旬頃です。
上賀茂神社では渉渓園(しょうけいえん)を流れるならの小川に沿って花菖蒲のプランタンが並べられ、紫・白色などの花を咲かせます。花菖蒲は山科・勧修寺(かじゅうじ)から奉納されたものです。渉渓園は普段柵で締め切られているが、花菖蒲の見ごろに合わせて一般公開されています。(要確認)なお上賀茂神社では例年6月10日に渉渓園近くの山口神社で神事が行われ、渉渓園近くの神事橋から早苗がならの小川に投げ入られます。
渉渓園は1960年(昭和35年)に浩宮徳仁親王(ひろのみやなるひとしんのう)が誕生し、奉祝事業として平安時代の雅を伝える賀茂曲水宴を復活させる為に作庭されました。ちなみに渉渓園は作庭家・中根金作が作庭しました。その後荒廃し、1993年(平成5年)のご成婚や翌1994年(平成6年)の平安教遷都1,200年記念、そして第41回記念遷宮の記念事業として再び整備されました。
花菖蒲(ハナショウブ)はアヤメ科アヤメ属の多年草です。花菖蒲は同じアヤメ科アヤメ属の多年草である杜若(カキツバタ)とともに菖蒲(アヤメ)とも言われています。花菖蒲は日本や中国・朝鮮半島などの水辺・湿原・湿った草原などに自生し、6月~7月に赤紫色の花を咲かす野花菖蒲(ノハナショウブ)の園芸種です。園芸種には江戸郊外堀切の菖蒲園で作られた江戸花菖蒲、江戸花菖蒲から作出された花弁の幅が広く豪華な肥後花菖蒲と花弁が優美に垂れ下がる伊勢花菖蒲、そして原種の特徴を強く残す長井古種などがあります。またヨーロッパ原産のキショウブとの交雑によって生まれた黄色花が咲く園芸種もあります。ちなみに花菖蒲には花色(白・桃・紫・青・黄色など)や絞り・覆輪(ふくりん)など組み合わせると約5,000種類もあるそうです。一般的に花菖蒲は高さ60センチ~1.2メートルで、葉が長さ30~60センチの線形剣状で中脈が隆起し、花は高さ40~100センチの花茎の頂に咲きます。花は内側3枚の内花被片と外側3枚の外花被片があり、外花被片は楕円形で垂れ下がり、基部に黄のマークがあります。
勧修寺は900年(昌泰3年)に第60代・醍醐天皇が生母・藤原胤子の追善の為、胤子の同母兄弟である右大臣・藤原定方に命じ、胤子の祖父・宮道弥益の邸跡を法相宗の僧・承俊律師を開山として寺院に改めたのが起源と言われています。勧修寺の名称は胤子の父・藤原高藤の諡号に由来しています。
●上賀茂神社の歴史(創建から現在)を紹介しています。
上賀茂神社歴史(賀茂別雷命・・・)
●上賀茂神社の見どころ(本殿・細殿立砂など)を紹介しています。
上賀茂神社見どころ(本殿・細殿立砂など)
【上賀茂神社 歴史・簡単概要】
上賀茂神社(かみがもじんじゃ)・賀茂別雷神社(かもわけいかづちじんじゃ)は社伝によると神代の昔に賀茂別雷命(かもわけいかづちのかみ)が現社殿の北北西にある秀峰・神山(こうやま)に降臨したのが起源とも言われています。その後飛鳥時代後期の677年(天武天皇6年)に賀茂神宮が造営されたとも言われています。794年(延暦13年)の第50代・桓武天皇(かんむてんのう)による平安京遷都以降は皇城鎮護の神・山城国一之宮として、桓武天皇を初めとする歴代天皇が行幸・奉幣祈願されたと言われています。平安時代初期の807年(大同2年)に最高位である神階・正一位(しょういちい)を賜って、葵祭(賀茂祭)が勅祭になり、810年(大同5年)に賀茂斎院(かもさいいん)が置かれ、第52代・嵯峨天皇(さがてんのう)の皇女・有智子内親王(うちこないしんのう)が初代斎王として仕え、以降歴代斎王が葵祭に奉仕しました。「延喜式神名帳(えんぎしきじんみょうちょう)・927年(延長5年)編纂」に「山城国愛宕郡 賀茂別雷神社」と記され、名神大社(みょうじんたいしゃ)に列しました。上賀茂神社は明治時代から戦後まで伊勢神宮(いせじんぐう)に次ぐ、官幣大社(かんぺいたいしゃ)の筆頭とされました。
上賀茂神社は下鴨神社(賀茂御祖神社)とともに古代氏族・賀茂氏の氏神を祀る神社です。
*参考・・・上賀茂神社(拝観料・アクセス・歴史概要・見どころ・・・)ホームページ
【上賀茂神社花菖蒲見ごろ 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
上賀茂神社(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)情報