妙覚寺新緑特別拝観2025年5月(日程時間・・・)
妙覚寺新緑特別拝観
妙覚寺新緑特別拝観(日程・時間・・・)を紹介しています。新緑特別拝観は毎年春に行われています。新緑特別拝観では本堂前の庭園・法姿園(ほうしえん)が公開されます。ちなみに庭園は趣の異なる前庭(法姿園)・中庭・奥庭に分かれ、前庭(法姿園)は苔地にカエデなどが植えられただけの為、自然庭園とも言われているそうです。(詳細下記参照)
【妙覚寺新緑特別拝観2024 日程時間(要確認)】
妙覚寺新緑特別拝観2024は2024年(令和6年)5月1日(水曜日)~31日(金曜日)10:00~15:30に行われます。 (受付15:00終了)(現在確認中・要注意)
*参考・・・妙覚寺ホームページ
【妙覚寺新緑特別拝観 アクセス・マップ】
場所・・・京都府京都市上京区上御霊前通小川東入下清蔵口町135
最寄り駅・バス停・・・鞍馬口駅(徒歩約5分)
アクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*京都駅からは地下鉄烏丸線
地下鉄・アクセスダイヤ
【妙覚寺新緑特別拝観 歴史・簡単概要】
妙覚寺新緑特別拝観(しんりょくとくべつはいかん)は毎年春に行われています。ちなみに妙覚寺では秋にも特別拝観を行っています。(要確認)
新緑特別拝観では本堂(京都府指定有形文化財)前の庭園・法姿園(ほうしえん)が公開されます。ちなみに庭園は趣の異なる前庭(法姿園)・中庭・奥庭に分かれ、前庭(法姿園)は苔地にカエデなどが植えられただけの為、自然庭園とも言われているそうです。法姿園は緑の苔と新緑の青もみじが美しいとも言われています。本堂の柱・襖などを額縁として眺めるのもいいかもしれません。
法姿園(本堂前の庭園)の名称は日蓮宗(にちれんしゅう)がお釈迦さまの説かれた最高の教えとする法華経(ほけきょう・妙法蓮華経(みょうほうれんげきょう))の中の「諸法実相(しょほうじっそう・実相)」に由来し、「世の中のすべてがあるがままで美しい」ということを表していると言われています。また「おもしろや 散るもみぢ葉も 咲く花も おのずからなる 法のみ姿」という古歌に由来するとも言われています。庭園は前庭(法姿園)・中庭・奥庭に分かれます。前庭(法姿園)は唐門と塀に囲まれた方形の庭で、カエデ・松・桜などが植えられています。中庭は本堂と書院との間にある約50坪の庭で、樹齢約100年五葉松(ごようまつ)・赤松などが植えられています。奥庭は露地風の植え込みと蹲踞(つくばい)が置かれた茶庭です。
本堂は江戸時代中期の1788年(天明8年)の天明の大火で焼失し、その後再建されました。本堂は本尊・十界曼荼羅(じっかいまんだら・法華曼荼羅)を祀っています。なお本堂は本堂・祖師堂・華芳塔堂・華芳宝塔・大門・木造日蓮坐像とともに京都府指定有形文化財に指定されています。
【妙覚寺 歴史・簡単概要】
妙覚寺(みょうかくじ)は南北朝時代の1378年(永和4年)に日像上人(にちぞうしょうにん)の法孫・日実(にちじつ)が信徒であった豪商・小野妙覚(おのみょうかく)の外護により、四条大宮の小野妙覚邸内に創建しました。ただ妙覚寺では日像上人を開山、日実を妙覚寺4世としているそうです。その後室町時代中期の1466年(寛正7年)に本覚寺と合寺し、1483年(文明15年)に室町幕府9代将軍・足利義尚(あしかがよしひさ)の命によって二条衣棚(ころものたな)に移りました。しかし1536年(天文5年)の天文法華の乱(てんぶんほっけのらん・天文法難(てんぶんほうなん))で焼失して堺に避難し、1542年(天文11年)に第105代・後奈良天皇が法華宗帰洛の綸旨を下し、1548年(天文17年)に二条衣棚に再建されました。安土桃山時代に本能寺(ほんのうじ)とともに織田信長(おだのぶなが)の宿舎になり、20数回の上洛の内、18回も妙覚寺を宿所したとも言われています。1582年(天正10年)の本能寺の変の際、織田信長の嫡男・織田信忠(おだのぶただ)の宿舎になっていました。織田信忠は儲君(皇太子)・誠仁親王(さねひとしんのう)の居宅・二条新御所に移って自刃しました。その後1583年(天正11年)に関白・豊臣秀吉(とよとみひでよし)の命によって現在の場所に移りました。なお1788年(天明8年)の天明の大火によって焼失し、その後再建されました。
妙覚寺は日蓮宗の本山です。
*参考・・・妙覚寺(アクセス・マップ・歴史・見どころ・・・)
【妙覚寺新緑特別拝観 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
妙覚寺(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)情報