清水寺サルスベリ見ごろ2024(8月上旬~9月中旬頃)

清水寺サルスベリ見ごろ(見頃)

清水寺サルスベリ見ごろ(時期・イベント・・・)情報を紹介しています。清水寺では拝観出口付近にある放生池や随求堂周辺にサルスベリが分布し、紅紫色のサルスベリと高さ約31メートルの三重塔・随求堂・絵馬架けの絵馬などの光景が美しいと言われています。放生池近くからはサルスベリと三重塔のコラボが見られます。(詳細下記参照)

【清水寺サルスベリ見ごろ(例年時期)】
清水寺のサルスベリの見ごろは例年8月上旬頃から9月中旬頃です。ただサルスベリ見ごろはその年の気候などによって多少前後することがあります。

【清水寺サルスベリ見ごろ アクセス・マップ】
場所・・・京都府京都市東山区清水1-294
最寄り駅・バス停・・・清水道(徒歩約10分)、五条坂(徒歩約10分)

アクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*京都駅から清水寺は100系統(D1乗り場)、110系統(D1乗り場)、206系統(D2乗り場)
*京都駅八条口(南口)アバンティ前からは202系統
*祇園からは100系統、202系統、206系統、207系統
*四条大宮・四条烏丸・四条河原町・四条京阪からは207系統
*千本丸太町・堀川丸太町・河原町丸太町からは202系統
路線・時刻表・運賃チェック

*京阪電鉄本線の場合、最寄り駅は清水五条駅(徒歩約22分)・祇園四条駅(徒歩約25分)
*阪急京都本線の場合、最寄り駅は京都河原町駅(徒歩約30分)

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【清水寺サルスベリ見ごろ(例年時期)・見どころ 簡単概要】
清水寺はサルスベリ(百日紅)の名所です。清水寺のサルスベリ見ごろは例年8月上旬頃から9月中旬頃です。
清水寺では拝観出口付近にある放生池(ほうじょうち)や随求堂(ずいぐいどう)周辺にサルスベリ(百日紅)が分布し、紅紫色のサルスベリと高さ約31メートルで国内最大級の三重塔と言われる三重塔(重要文化財)・随求堂・絵馬架けの絵馬などの光景が美しいと言われています。放生池近くからはサルスベリと三重塔のコラボが見られます。清水寺では赤色のフヨウ(芙蓉)や白色のムクゲ(木槿)なども分布し、サルスベリと一緒に楽しめる時期もあります。なお清水寺では例年8月9日から16日に千日詣りが行われ、14日から16日の夜間に宵詣りも行われることから夜間にサルスベリを楽しむのもいいかもしれません。
放生池は捕らえた魚類などを殺さずに放す放生会を行う為の池です。放生会は6世紀に天台教学の大成者で、天台宗の開祖・智顗(ちぎ)が始めたとも言われています。
随求堂は1718年(享保3年)に清水寺の塔頭・慈心院を中興した僧・盛松権律師が慈心院の本堂として再建しました。随求堂は間口約16メートル・奥行約10メートルで、内陣に衆生の願いを叶える大功徳を持つ本尊(秘仏)・大随求菩薩坐像が安置されています。
三重塔は1632年(寛永9年)に再建されました。三重塔は曼荼羅の密教世界が表現され、一層の壁に真言八祖像、天井や柱などに密教仏画や飛天・龍などが極彩色で描かれ、真言密教の教主・大日如来像が安置されています。
千日詣りは観音さまの最大の功徳日で、1日のお詣りで千日分のご利益があると言われています。千日詣りは古くから行われ、平安時代に「源氏物語」の作者・紫式部や「枕草子」の作者・清少納言も行ったとも言われています。
サルスベリ(百日紅)はミソハギ科の落葉中高木です。サルスベリは中国南部原産で、唐(中国)の時代に都である長安の紫微(宮廷)に多く植えられ、紫薇と言われました。日本では江戸時代以前に伝わっていたとも言われ、江戸時代中期に本草学者・貝原益軒(かいばらえきけん)作の「花譜(かふ)・1694年(元禄7年)」にその名前が初めて記されています。サルスベリは樹高5~10メートルで、樹皮が赤褐色で、滑らかで薄くはげ、跡が白く雲紋状になります。猿が滑り落ちるほど滑らかという例えからサルスベリと名付けらました。サルスベリは7~9月に枝先の円錐花序(えんすいかじょ)に径3~4センチの紅紫色の6弁の花を咲かせます。ちなみにサルスベリは花が約百日間も長く咲くことから「百日紅」と名付けられたとも言われています。なおサルスベリには花が白色のシロサルスベリ(白百日紅)、淡紫色のウスムラサキサルスベリ(薄紫百日紅)もあります。
●清水寺の歴史(創建から現在)を紹介しています。
清水寺歴史(延鎮上人・坂上田村麻呂・・・)
●清水寺の見どころ(清水の舞台・三重塔など)を紹介しています。
清水寺見どころ(清水の舞台・三重塔など)
●清水寺の七不思議(清水の舞台など)を紹介しています。
清水寺七不思議(見どころ)

【清水寺 歴史・簡単概要】
清水寺(きよみずでら)は奈良時代後期の778年(宝亀9年)に法相宗の大本山・興福寺の僧で、子島寺(子嶋寺)で修行していた延鎮上人・賢心が「南の地を去れ」という霊夢により、音羽山に庵を結んだのが起源と言われています。780年(宝亀11年)に坂上田村麻呂が延鎮上人・賢心から鹿狩りの殺生を戒められ、観世音菩薩の教えを諭されて、自らの邸宅を仏殿に寄進しました。また坂上田村麻呂は妻とともに本尊・十一面千手観音像と地蔵菩薩・毘沙門天を安置したとも言われています。平安時代前期の805年(延暦24年)に第50代・桓武天皇の御願寺になり、810年(弘仁元年)に鎮護国家の道場になり、第52代・嵯峨天皇から「北観音寺」の宸筆を賜りました。江戸時代前期の1633年(寛永10年)に江戸幕府3代将軍・徳川家光の寄進によって本堂(清水の舞台)が再建されました。
清水寺は北法相宗の本山です。
*参考・・・清水寺(拝観料・アクセス・歴史概要・見どころ・・・)ホームページ

【清水寺サルスベリ見ごろ 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
清水寺(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)情報

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