苗秀寺(アクセス・マップ・見どころ・概要・・・)

苗秀寺

苗秀寺

苗秀寺(アクセス・見どころ・歴史概要・御朱印・・・)情報を紹介。(2014年末から未更新の場合あり)苗秀寺はかつて国分尼寺だったとも言われています。国分尼寺(法華滅罪之寺)は奈良時代の741年(天平13年)に第45代・聖武天皇(しょうむてんのう)の勅願・国分寺建立の詔により、国分寺とともに諸国に創建された尼寺です。国分寺は奈良・東大寺、国分尼寺は奈良・法華寺が総本山と位置づけられました。

【苗秀寺 アクセス・マップ地図】
場所・・・京都府亀岡市ひ田野町佐伯大門47
最寄り駅・バス停・・・上佐伯(徒歩約5分)

アクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*JR嵯峨野線亀岡駅から京阪京都交通

【苗秀寺 拝観時間・時間(要確認)】

【苗秀寺 拝観料金・料金(要確認)】

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【苗秀寺 歴史・簡単概要】
苗秀寺(みょうしゅうじ)は奈良時代(710年~794年)に創建されたとも言われています。苗秀寺の寺号は「叢林(そうりん)の霊苗永く無窮に秀る」から名付けられたと言われています。苗秀寺は国分尼寺(こくぶんにじ)で、瑜伽宗(ゆがしゅう)の寺院であったと伝えられています。その後平安時代に伝教大師(でんぎょうだいし)・最澄(さいちょ)を宗祖とする天台宗(てんだいしゅう)に改められ、一大勢力を保っていたが、戦国時代に織田信長(おだのぶなが)の家臣・明智光秀(あけちみつひで)による丹波攻略によって荒廃し、往時の詳細が分からなくなりました。江戸時代前期の1625年(寛永2年)に親清流大給松平家4代当主で、丹波国亀山藩初代藩主・松平成重(まつだいらなりしげ)がかつて建立されていた野下の地に曹洞宗(そうとうしゅう)の寺院として再興しました。江戸時代中期に丹波国亀山藩の藩主となった青山因幡守から亀山藩の山城跡である現在の場所を与えられ、その後形原松平家11代当主で、丹波亀山藩初代藩主・松平信岑(まつだいらのぶみね)が再び中興開山しました。松平信岑は現在の法堂(本堂)を建立しました。なお苗秀寺は本尊・釈迦如来(しゃかにょらい)を祀っています。
苗秀寺は曹洞宗の寺院です。
*参考・・・苗秀寺(アクセス・歴史・見どころ・・・)

【苗秀寺 見どころ・文化財(非公開の場合あり)】
苗秀寺の見どころは例年11月中旬頃~12月上旬頃に見ごろを迎える紅葉です。苗秀寺は亀岡のもみじ寺とも言われ、薬医門(やくいもん)からの眺めが素晴らしいと言われています。
京都紅葉見ごろ

【苗秀寺 連絡先(現在確認中)】*電話は控えて下さい。迷惑になります。
電話番号・・・0771-22-0811

【苗秀寺 (アクセス・御朱印・駐車場・・・)備考】

【苗秀寺 おすすめ散策ルート】
苗秀寺からのおすすめ散策ルートは南側の御霊神社に向かうルートです。10分ほど散策すれば、御霊神社(ごりょうじんじゃ)に行くことができます。なお苗秀寺は市街地から少し離れ、周辺には観光スポットがあまり多くない為、次の観光スポットに向かい、その周辺を散策した方がいいかもしれません。

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