乙訓寺紅葉見ごろ(11月中旬頃~下旬頃)・紅葉名所

乙訓寺紅葉見ごろ

乙訓寺紅葉見ごろ(紅葉見頃)

乙訓寺紅葉見ごろ(時期・ライトアップ・・・)情報を紹介しています。乙訓寺は山内にカエデなどが植えられ、紅葉と朱塗りの表門(惣門・赤門)・もみじ参道とも言われる参道・堂塔・蜜柑などの光景が素晴らしいと言われています。ちなみに乙訓寺は観光客にはあまり知られていない紅葉の穴場とも言われています。(詳細下記参照)

【乙訓寺紅葉見ごろ時期 2019年(要確認)】
乙訓寺紅葉は例年11月中旬頃から下旬頃に見ごろを迎えます。ただ紅葉の見ごろはその年の気候などによって多少前後することがあります。なお2019年9月4日、ウェザーニュースは近畿の紅葉の見ごろが平野部でやや遅めになると予想しました。紅葉の見ごろは嵐山が11月24日頃、大原三千院が11月16日頃、比叡山延暦寺が11月9日頃になります。
京都紅葉見ごろ2019京都紅葉ライトアップ2019京都紅葉見ごろ・イベント京都紅葉名所・見ごろ

【乙訓寺紅葉・乙訓寺 アクセス・マップ地図】
場所・・・京都府長岡京市今里3-14-7
最寄り駅・バス停・・・長岡天神駅(徒歩約15分)、

アクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*河原町からは阪急電鉄京都本線

スポンサーリンク


【乙訓寺紅葉見ごろ時期・見どころ】
乙訓寺は紅葉の名所です。紅葉は例年11月中旬頃から下旬頃に見ごろを迎えます。乙訓寺は山内にカエデなどが植えられ、紅葉と朱塗りの表門(惣門・赤門)・もみじ参道とも言われる参道・堂塔・蜜柑などの光景が素晴らしいと言われています。ちなみに乙訓寺は観光客にはあまり知られていない紅葉の穴場とも言われています。
表門(長岡京市指定文化財)は1695年(元禄8年)に建立されました。表門は長年の風雨によって老朽化したり、1995年(平成7年)の阪神淡路大震災によってよじれが生じたりしたことから解体修理が行われました。なお表門は一間一戸の四脚門で、切妻造りの本瓦葺きです。
境内にはいずれも長岡京市指定文化財である本堂・鐘楼・鎮守八幡社などが建立されています。ちなみに本堂・鎮守八幡社は表門と同じ1695年(元禄8年)に建立されました。本堂は宝形造りの本瓦葺きで、合体大師像(弘法大師・八幡神)などを安置しています。
紅葉狩りは平安時代に貴族から盛んになり、邸宅にモミジを植えたり、紅葉の名所に出掛けたりしたそうです。紅葉狩りでは紅葉した枝を折って、手のひらにのせて愛でることもあったそうです。その後室町時代に徐々に庶民にも広がり、江戸時代中期には庶民の行楽として人気になったと言われています。ちなみに奈良時代末期に成立したと言われている日本最古の和歌集「万葉集」にはモミジを詠んだ和歌が残されています。

【乙訓寺 歴史・簡単概要】
乙訓寺(おとくにでら)は起源が明確ではありません。乙訓寺は寺伝によると第26代・継体天皇の宮跡とも言われています。また乙訓寺は寺伝によると603年(推古天皇11年)頃に第31代・用明天皇の第2皇子・聖徳太子が第33代・推古天皇の勅願によって創建したとも言われています。発掘調査により、784年(延暦3年)の長岡京造営以前の奈良時代に創建され、設計には法隆寺(ほうりゅうじ)と同じ高麗尺が使われたと言われています。784年(延暦3年)に第50代・桓武天皇が長岡京を造営した際、都の地鎮として大規模に増築されました。その後真言宗の開祖である弘法大師・空海が一時別当として在住し、天台宗の開祖である伝教大師(でんぎょうだいし)・最澄が空海を訪れと言われています。897年(寛平9年)に譲位した宇多上皇(第59代・宇多天皇)が乙訓寺を仮宮である行宮(あんぐう)として堂塔を整備し、法皇寺と号したと言われています。室町時代以降に衰退し、江戸時代に隆光が江戸幕府5代将軍・徳川綱吉の援助によって再興しました。
乙訓寺は真言宗豊山派の寺院です。
*参考・・・乙訓寺(アクセス・歴史・見どころ・・・)ホームページ乙訓寺(アクセス・歴史・見どころ・・・)wikipedia

【乙訓寺紅葉見ごろ時期 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
乙訓寺(アクセス・見どころ・・・)情報

関連記事

京都観光おすすめ

  1. 錦市場
  2. 竹林の道
  3. 嵐山
ページ上部へ戻る