知恩院七夕法楽2024年7月7日(日程時間・・・)
知恩院七夕法楽
知恩院七夕法楽(日程・時間・・・)を紹介しています。七夕法楽は例年7月7日に行われます。七夕法楽では境内に参拝者の願いが込められた短冊が飾られた七夕飾りが飾られ、御影堂で「般若心経」などを読経する仏事が行われます。知恩院では境内に笹と短冊を用意され、短冊に願い事を自由に書くことができます。(詳細下記参照)
【知恩院七夕法楽2024 日程時間(要確認)】
知恩院七夕法楽2024は2024年(令和6年)7月7日(日曜日)15:00から行われます。(現在確認中・要注意)
*参考・・・知恩院ホームページ
【知恩院七夕法楽 アクセス・マップ】
場所・・・京都府京都市東山区林下町400 知恩院内
最寄り駅・バス停・・・知恩院前(徒歩約15分)
アクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*京都駅からは206系統(D2乗り場)
*四条河原町からは12系統、46系統、201系統、203号系統
*四条烏丸からは46系統、201系統、203号系統
*河原町丸太町からは202系統
路線・時刻表・運賃チェック
*京阪電鉄本線の場合、最寄り駅は祇園四条駅(徒歩約10分)
*阪急電鉄京都線の場合、最寄り駅は京都河原町駅(徒歩約15分)
*地下鉄東西線の場合、最寄り駅は東山駅(徒歩約10分)
【知恩院七夕法楽 歴史・簡単概要】
知恩院七夕法楽(たなばたほうらく)は例年7月7日に行われています。
七夕法楽では境内に参拝者の願いが込められた短冊(たんざく)が飾られた七夕飾りが飾られ、御影堂(国宝)で「般若心経(はんにゃしんぎょう)」などを読経する仏事が行われます。知恩院では境内に笹と短冊を用意され、短冊に願い事を自由に書くことができます。
七夕は1月7日(人日)・3月3日(上巳)・5月5日(端午)・9月9日(重陽)とともに五節句に数えられています。願いごとを書いて星に祈る七夕は日本の古い神事である棚機、織姫と彦星の伝説、奈良時代(710年~794年)に中国から伝わった乞巧奠が結び付いたと言われいます。棚機では棚機女が清い水辺にある機屋に籠もって、神様への着物を織り、その着物を棚に供えて、豊穣を祈願したり、穢れを祓いました。織姫と彦星の伝説は天帝の娘で、機織が上手な働き者の織姫と牛追いで働き者の彦星は天帝から結婚を認められたが、結婚後に織姫は機を織らなくなり、彦星は牛を追わなくなったことから天帝が怒り、織姫と彦星を天の川の対岸に引き離したが、1年に1度、7月7日だけ天帝は会うことを許したというものです。最後に乞巧奠では7月7日に織姫にあやかり、機織や裁縫が上達するように星に祈願しました。
「般若心経」は全16部(会)・600巻・字数500万字にも及ぶ大般若経(大般若波羅蜜多経)を簡単にまとめた262文字の経典です。大般若経は最高の真理である般若から見ると全てのものは実体がない空だと説き、般若心経では色即是空・空即是色と表されています。ちなみに色即是空・空即是色は現世に存在する事物・現象は実体ではなく、空無であるという意味だそうです。
御影堂は1639年(寛永16年)に江戸幕府3代将軍・徳川家光の寄進によって再建されました。御影堂は内内陣に浄土宗の宗祖・法然上人像を祀っています。御影堂には屋根の中央に完璧ではないことを示す為に意図的に2枚の「葺き残しの瓦(ふきのこしのかわら)」が積まれています。
知恩院見どころ(御影堂・三門など)
【知恩院 歴史・簡単概要】
知恩院は1175年(承安5年)に浄土宗の開祖・法然上人が東山・吉水に草庵を結び、専修念仏を布教したのが起源です。知恩院は当初吉水御坊・大谷禅坊などと称されていました。その後1227年(嘉禄3年)に比叡山延暦寺の衆徒によって破壊されたが、1234年(文暦元年)に法然上人の弟子・勢観房源智が再興し、第87代・四条天皇から寺号「華頂山知恩教院大谷寺」を賜りました。しかしその後の火災や応仁の乱(1467年(応仁元年)~1477年(文明9年))などによって焼失しました。1523年(大永3年)に知恩院25世・超誉存牛と百万遍知恩寺25世・慶秀との間で本寺争いが起こったが、知恩院が勝利して鎮西義で第一の座次と本山になりました。1608年(慶長13年)に江戸幕府初代将軍・徳川家康が伽藍を建立し、江戸幕府2代将軍・徳川秀忠と江戸幕府3代将軍・徳川家光が整備を引き継ぎました。
知恩院は浄土宗の総本山です。
*参考・・・知恩院(アクセス・マップ・歴史・見どころ・・・)ホームページ
【知恩院七夕法楽 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
知恩院(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)情報