朝鮮通信使(ちょうせんつうしんし)・朝鮮使と祇園祭

朝鮮通信使・朝鮮使と祇園祭

室町幕府3代将軍・足利義満は1375年(永和元年)に日本国王使に対して、高麗(朝鮮)に使者を派遣し、国書を送りました。高麗はその返礼に朝鮮通信使を派遣しました。室町幕府4代将軍・足利義持は明(中国)の「太宗実録」1409年(永楽6年)12月15日の条によると使者を派遣し、父・足利義満の訃を告げ、外交を受け継ぎました。

【祇園祭2026 日程】
祇園祭2026は2026年(令和8年)7月1日(水曜日)の吉符入から2026年(令和8年)7月31日(金曜日)の疫神社の夏越祭までの7月1ヶ月に渡って行われます。
祇園祭2026日程一覧(宵山屋台・山鉾巡行・・・)

【祇園祭 歴史・簡単概要】
祇園祭(ぎおんまつり)は平安時代前期の869年(貞観11年)に全国に疫病が流行し、牛頭天王(ごずてんのう)・素戔嗚尊(すさのおのみこと)の祟りであるとし、卜部日良麿(うらべのひらまろ)が神泉苑(しんせんえん)に国の数と同じ66本の鉾を立て、悪霊を移して穢れを祓い、薬師如来(やくしにょらい)の化身とされる牛頭天王を祀り、更に牛頭天王を主祭神とする八坂神社から3基の神輿を送り、病魔退散(びょうまたいさん)を祈願した祇園御霊会(ぎおんごりょうえ)が起源と言われています。970年(天禄元年)から毎年に行われるようになりました。
祇園祭歴史年表・由来(869年~)

【朝鮮通信使(ちょうせんつうしんし)・朝鮮使】
室町幕府3代将軍・足利義満は1375年(永和元年)に日本国王使に対して、高麗(朝鮮)に使者を派遣し、国書を送りました。高麗(朝鮮)はその返礼に朝鮮通信使(朝鮮聘礼使(ちょうせんへいれいし))を派遣しました。室町幕府4代将軍・足利義持(あしかがよしもち)は明(中国)の「太宗実録」永楽6年12月15日の条によると明(中国)に使者を派遣し、父・足利義満の訃を告げ、外交を受け継ぎました。室町幕府は外交(対外関係)を担い、朝鮮通信使が京都を訪れた際には祇園祭を見物できるように手配したりしました。
伏見宮貞成親王(ふしみのみやさだふさしんのう)の「看聞日記(かんもんにっき)」1423年(応永30年)6月7日の条に「祇園会(祇園祭)、高麗人々被見云々、去月自高麗進物数万貫・一切経等渡之、使節於宝幢寺室町殿(足利義持)有正看云々、」、頭書に「後聞、唐人(高麗人)不見物云々、」と記され、室町幕府が朝鮮使(朝鮮通信使)に祇園祭を見物させようとしたが、実際には見物しなかったことが分かります。足利義持は朝鮮使と宝幢寺(ほうとうじ)で会見し、朝鮮使は銭数万貫や経典「一切経(いっさいきょう)」などを献上しました。宝幢寺は1380年(天授6年・康暦2年)に足利義持の父・足利義満が創建し、禅寺十刹に列せられる大寺でした。足利義持は祇園祭の見物で朝鮮使を接待しようとしたと言われています。
足利義持は日本国王使として僧・圭籌らを派遣し、1422年(世宗4年)12月に世宗は正使・朴煕中、副使・李芸、書状官・呉敬之、通事・尹仁甫らを朝鮮使(朝鮮通信使)として派遣することを決めました。1423年(応永30年)4月4日に朝鮮使が博多に到着し、10日に九州探題・渋川義俊と会見し、23日に博多を出発しました。その後足利義持は1423年(応永30年)7月に朝鮮使の帰国に合わせ、圭籌知客・梵齢蔵主を国王使として派遣し、経典「大般若経(だいはんにゃきょう)」の版木を求めました。世宗宛ての書は鹿苑僧録・厳中周がくに作成させました。当時、高麗(朝鮮)は明(中国)の冊封体制に組み込まれていました。

●足利義持は1386年(元中3年・至徳3年)に室町幕府3代将軍・足利義満と側室・藤原慶子の子として生まれました。異母兄に尊満と早世した宝幢若公がいたが、嫡男として扱われました。1394年(応永元年)に父から将軍職を譲られ、室町幕府4代将軍に就任し、また同日に元服して正五位下・左近衛中将に叙任されました。ただ政務は父が執りました。その後官職が急速に上昇し、1402年(応永9年)に従一位になり、1406年(応永13年)に右大将を兼務しました。その後父と不仲であり、父が異母弟・足利義嗣を偏愛したことから一時地位が危ぶまれました。1408年(応永15年)に父が亡くなり、1418年(応永25年)に上杉禅秀の乱に加担した足利義嗣を殺害しました。また1419年(応永26年)に父が進めた日明貿易の相手国である明(中国)との国交を断絶しました。1423年(応永30年)に嫡子で、室町幕府5代将軍・足利義量に将軍職を譲り、足利氏の菩提寺・等持院で出家しました。ただ1425年(応永32年)に足利義量が急死すると再び政務を執りました。足利義持は1428年(応永35年)2月3日に亡くなりました。足利義持には嫡子がなく、後継者を指名しなかったことから次期将軍は前代未聞のくじ(神判)による跡目決定になりました。
●朝鮮通信使は「李朝実録」によると正使・副使・書状官を中心に輸送係・医師・通訳、軍官・楽隊などが派遣されていました。朝鮮通信使は博多・赤間関・兵庫で拘留され、室町幕府に使者を派遣し、入国・入京の許可を得てから京都に向かいました。朝鮮通信使は1404年(応永11年)に足利義満に対して派遣されたのが最初です。なお朝鮮通信使は通信使・朝鮮信使・朝鮮来聘使・韓使などとも言われました。

【朝鮮通信使・朝鮮使と祇園祭 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
祇園祭2026日程(ちまき販売・宵山屋台・・・)

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