梅辻家住宅(アクセス・見どころ・歴史・・・)

梅辻家住宅

梅辻家住宅(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)情報を紹介しています。(2014年末から未更新の場合あり)梅辻家住宅(京都市指定有形文化財(建造物))は賀茂七家唯一の社家遺構で、主家と書院から構成されています。主家は屋根が上賀茂神社の鳥居の高さを越えない切妻造りで、書院は江戸時代に御所から御学問所が移築されたものとも言われています。

【梅辻家住宅 アクセス・マップ地図】
場所・・・京都府京都市北区上賀茂北大路町39
最寄り駅・バス停・・・上賀茂神社前(徒歩約10分)

市バスのアクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*京都駅から梅辻家住宅は4系統(A2乗り場)
*四条河原町からは4系統、46系統
*四条烏丸からは46系統
*河原町丸太町からは4系統
京都市バス・アクセスダイヤ京都バス・鉄道乗換案内システム「歩くまち京都」

【梅辻家住宅 拝観時間・時間(要確認)】
通常非公開(特別公開あり)

【梅辻家住宅 拝観料金・料金(要確認)】2019年10月から改定の場合あり
通常非公開(特別公開あり)

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【梅辻家住宅 歴史・簡単概要】
梅辻家住宅(うめつじけじゅうたく)は上賀茂神社(かみがもじんじゃ・賀茂別雷神社(かもわけいかづちじんじゃ))に代々仕えた神主筋の社家(しゃけ)の住宅です。社家は一般的に特定の神社に世襲で奉職し、神社近くに家を構えたりしました。上賀茂神社の神主筋の社家(祠官家)には賀茂七家(かもしちけ)と言われる梅辻家・松下家・森家・鳥居大路家・林家・富野家・岡本家があったが、梅辻家住宅が賀茂七家唯一の社家遺構になりました。賀茂七家は賀茂県主(かもあがたぬし・賀茂氏(かもうじ))の後裔とも言われ、上賀茂神社の五官(神主・正祢宜・正祝・権祢宜・権祝)といずれも摂社である片岡社(片山御子神社(かたやまのみこじんじゃ))・貴布祢社(貴船神社(きふねじんじゃ))の四官(祢宜・祝)を合わせた九官を代々勤めました。ちなみに上賀茂神社の社家町は室町時代から発展し、上賀茂神社から流れ出た明神川(御生所川・御手洗川・御物忌川・楢の小川)沿いに社家が連続して門前集落・社家町を形成するようになりました。梅辻家住宅は江戸時代後期の1838年(天保9年)頃に主家と書院から構成される現在の姿になったと言わています。1871年(明治4年)の国家神道令(こっかしんとうれい)により、梅辻家は上賀茂神社から離れました。なお上賀茂神社(賀茂別雷神社)は社伝によると神代の昔に賀茂別雷命(かもわけいかづちのかみ)が現社殿の北北西にある秀峰・神山(こうやま)に降臨したのが起源とも言われています。
*参考・・・梅辻家住宅(アクセス・歴史・見どころ・・・)梅辻家住宅(アクセス・歴史・見どころ・・・)

【梅辻家住宅 見どころ・文化財(非公開の場合あり)】
梅辻家住宅の見どころは京都市指定有形文化財(建造物)である住宅(主家・書院)です。住宅は木造平屋建で、切妻造一部入母屋造の居室部と入母屋造の座敷部があります。居室部には式台と鳥居形の内玄関が設けられ、座敷部には座敷と次の間があります。座敷は押板風の床の間と付書院を備え、花頭窓もあります。ちなみに座敷には随所に菊の紋が彫られた金具が使用されてます。なお座敷部(書院)は江戸時代に御所から御学問所が移築されたものとも言われています。

【梅辻家住宅 連絡先(現在確認中)】*電話は控えて下さい。迷惑になります。
電話番号・・・+81-75-711-2712

【梅辻家住宅 (アクセス・御朱印・駐車場・・・)備考】

【梅辻家住宅 おすすめ散策ルート】
梅辻家住宅からのおすすめ散策ルートは東側にある上賀茂神社に向かうルートです。10分ほど明神川沿いに散策すれば、上賀茂神社に行くことができ、京都観光・旅行を楽しむことができます。明神川沿いには社家町があり、その風情を楽しめます。なお北西には上賀茂神社の摂社・太田神社があり、それらも一緒に散策するのもいいかもしれません。

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