栄摂院紅葉見ごろ2021遅め(11月中旬~11月下旬頃)

栄摂院

栄摂院紅葉見ごろ(例年)・見どころ

栄摂院紅葉見ごろ(時期・ライトアップ・・・)情報を紹介しています。栄摂院では境内にカエデ・イチョウなどが植えられ、紅葉と赤い山門・唐門(中門)・本堂・阿弥陀如来像・石段などの光景が美しいと言われています。なお栄摂院は通常非公開だが、紅葉シーズンに一般公開されることがあります。(要確認)(詳細下記参照)

【栄摂院 紅葉見ごろ(例年)・2021年の予想】
栄摂院の紅葉見ごろは例年11月中旬頃から11月下旬頃です。ただ紅葉の見ごろはその年の気候などによって多少前後することがあります。なお2021年の紅葉見ごろ情報は2021年9月上旬頃から情報発信します。
京都紅葉見ごろ2021

【栄摂院紅葉見ごろ アクセス・マップ】
場所・・・京都府京都市左京区黒谷町121
最寄り駅・バス停・・・岡崎道(徒歩約10分)、東天王町(徒歩約15分)

アクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*京都駅から栄摂院は100系統(D1乗り場)
*四条河原町からは32系統、203系統
*四条烏丸からは32系統、203系統
*河原町丸太町からは204系統
路線・時刻表・運賃チェック

*地下鉄東西線の場合、最寄り駅は蹴上駅(徒歩約25分)

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【栄摂院 紅葉見ごろ(例年)・見どころ】
栄摂院は紅葉の名所です。栄摂院の紅葉見ごろは例年11月中旬頃から11月下旬頃です。栄摂院は標高約80メートルです。
栄摂院では境内にカエデ・イチョウなどが植えられ、紅葉と赤い山門・唐門(中門)・本堂・阿弥陀如来像・石段などの光景が美しいと言われています。阿弥陀如来像は紅葉の天蓋(てんがい)を纏っているように見えます。紅葉と緑色のコントラストが美しいと言われています。なお栄摂院は通常非公開だが、紅葉シーズンに一般公開されることがあります。(要確認)
本堂は17世紀(江戸時代前期~中期)に建立されたと言われています。
阿弥陀如来は大乗仏教の如来の一尊で、西方の極楽浄土の教主とされています。阿弥陀如来は弥陀仏(阿弥陀佛)・無量光仏(むりょうこうぶつ)・無量寿仏(むりょうじゅぶつ)などとも言われています。阿弥陀如来は生あるものを全てを救う如来とされています。阿弥陀如来は経典「無量寿経(むりょうじゅきょう)」によると世自在王仏(せじざいおうぶつ)のもとで出家して修行していた時、法蔵比丘(ほうぞうびく)という菩薩(ぼさつ)であったが、48の誓願を立てて修行して仏になり、仏国土である極楽浄土を設立して現在もそこで説法しているとされています。
天蓋は仏像などの上にかざされた装飾的な覆いです。天蓋は元々インドで強い日差しを避ける為に使われた日傘が起源で、その後仏教の荘厳具として使われるようになりました。
紅葉狩りは平安時代に貴族から盛んになり、邸宅にモミジを植えたり、紅葉の名所に出掛けたりしたそうです。室町時代に徐々に庶民にも広がり、江戸時代中期に庶民の行楽として人気になったと言われています。なお奈良時代末期成立の日本最古の和歌集「万葉集(まんようしゅう)・萬葉集」にはモミジを詠んだ和歌が残されています。

【栄摂院 歴史・簡単概要】
栄摂院(えいしょういん)は安土桃山時代の1589年(天正17年)に徳川氏家臣・木俣守勝 (きまたもりかつ)が松誉琴察を開山として創建しました。その後本堂・書院・庫裏などが建立されたと言われています。木俣守勝は父・木俣守時(きまた もりかつ)の代から江戸幕府初代将軍・徳川家康(とくがわいえやす)に仕えていたが、1590年(天正18年)頃に徳川家康の命によって井伊直政(いいなおまさ)の家臣になり、1600年(慶長5年)の関ヶ原の戦い(せきがはらのたたかい)後に井伊直政が近江国佐和山藩(彦根藩)に初代藩主になると家老になり、井伊直政とその子・井伊直勝(いいなおかつ)に仕えました。1610年(慶長15年)に病に倒れ、静養先の京都で亡くなり、金戒光明寺(こんかいこうみょうじ)に葬られました。なお金戒光明寺は平安時代後期の1175年(承安5年)に浄土宗(じょうどしゅう)の開祖・法然上人(ほうねんしょうにん)が比叡山黒谷(ひえいざんくろたに)を下り、草庵を最初に結んだのが起源と言われています。
栄摂院は浄土宗大本山・金戒光明寺の塔頭です。

【栄摂院紅葉見ごろ 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
栄摂院(アクセス・見どころ・・・)情報

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