京羽二重(きようはぶたえ)」・「京羽二重織留(おりどめ)」と祇園祭

「京羽二重」・「京羽二重織留」と祇園祭

水雲堂孤松子は1685年(貞享2年)に「京羽二重」、1689年(元禄2年)に「京羽二重織留」を刊行しました。「京羽二重」・「京羽二重織留」は趣味と実益を兼ねた京都や近辺の案内書です。「京羽二重」には京都の略歴・縦横の町筋・名所旧跡などが記されていました。

【祇園祭2026 日程】
祇園祭2026は2026年(令和8年)7月1日(水曜日)の吉符入から2026年(令和8年)7月31日(金曜日)の疫神社の夏越祭までの7月1ヶ月に渡って行われます。
祇園祭2026日程一覧(宵山屋台・山鉾巡行・・・)

【祇園祭 歴史・簡単概要】
祇園祭(ぎおんまつり)は平安時代前期の869年(貞観11年)に全国に疫病が流行し、牛頭天王(ごずてんのう)・素戔嗚尊(すさのおのみこと)の祟りであるとし、卜部日良麿(うらべのひらまろ)が神泉苑(しんせんえん)に国の数と同じ66本の鉾を立て、悪霊を移して穢れを祓い、薬師如来(やくしにょらい)の化身とされる牛頭天王を祀り、更に牛頭天王を主祭神とする八坂神社から3基の神輿を送り、病魔退散(びょうまたいさん)を祈願した祇園御霊会(ぎおんごりょうえ)が起源と言われています。970年(天禄元年)から毎年に行われるようになりました。
祇園祭歴史年表・由来(869年~)

【「京羽二重(きようはぶたえ)」・「京羽二重織留(おりどめ)」】
水雲堂孤松子(すいうんどうこしょうし)は江戸時代中期の1685年(貞享2年)に「京羽二重(きようはぶたえ)」、1689年(元禄2年)に「京羽二重織留(おりどめ)」を刊行しました。「京羽二重」・「京羽二重織留」は趣味と実益を兼ねた京都や近辺の案内書です。「京羽二重」は縦糸と横糸を緻密に織る羽二重のように京都の略歴・縦横の町筋・名所旧跡など多種多様な内容が記され、巡拝・遊覧・買物などに役立ちました。京都所司代・京都町奉行・諸職の名匠・諸師諸芸なども記されていました。「京羽二重織留」には「京羽二重」で漏れていた80余の項目が収録され、エリアは京都の伏見や滋賀の大津・坂本に及んでいました。なお「京羽二重」は京都町奉行が編纂したとも言われています。
「京羽二重織留」の「四季行幸」に「六月七日 祇園会(祇園祭)同御旅まいり十四日迄 今日より十八日迄四條川原床納涼」と記され、祇園祭期間中の6月7日から6月14日に御旅まいり、6月7日から6月18日に四条河原で床納涼(納涼床(のうりょうゆか))が行われていたことが分かります。祇園祭では6月7日の神幸(しんこう・神輿迎え)で3基の神輿(大政所神輿(おおまんどころみこし)・少将井神輿(しょうしょういみこし)・八王子神輿(はちおうじみこし))が八坂神社から四条御旅所に渡御し、6月14日の還幸(かんこう・祇園会)で3基の神輿が四条御旅所から八坂神社に戻っていました。6月7日から6月14日の間は八坂神社の祭神(牛頭天王(ごずてんのう)・頗梨采女(はりさいにょ)・八王子(はちおうじ))の神霊を遷した3基の神輿が氏子地区に近い四条御旅所に泰安され、氏子などの人々が四条御旅所にお参りをしていました。八坂神社の祭神が身近に感じられるのは1年で6月7日の神幸から6月14日の還幸の間だけでした。なお祇園祭では6月7日の神幸から6月14日の還幸の間に四条大橋から四条御旅所までを毎晩無言でお参りすると願いが叶うとも言われる無言詣(むごんまいり)という慣習もありました。
「京羽二重織留」の「奇観地」に「宮川(鴨川)納涼 毎年六月七日晩より十八日晩迄四條川夕涼又他にたぐひなき遊観也百千の燈火河水に移り敷萬の群客床の上にうかむ甘瓜を漬し酒盃を流す風景言語にをよひがたし」と記され、祇園祭期間中の毎年6月7日の夜から6月18日の夜に四条河原で夕涼(納涼床)が行われ、他にない遊観だったことが分かります。百、千の燈火が鴨川の水面に映し出され、群客が鴨川の上に設けられた納涼床に集まり、甘瓜を漬した酒盃を飲み、言葉に言い表せないほどの光景でした。毎年6月7日から6月18日に行われていた宮川(鴨川)納涼が現在の鴨川納涼床(のうりょうゆか)の起源になったとも言われています。鴨川納涼床は例年5月1日~9月30日に行われています。(要確認)なお「奇観地」には宮川(鴨川)納涼以外にも仁和寺櫻(仁和寺の御室桜)・宇治川蛍・廣澤月(広沢池の月)など季節に応じた12の風物詩が記されています。ちなみに宮川の名称は四条大橋下流の鴨川で祇園祭の神輿洗式が行われたことに由来するとも言われています。また宮川の名称は八坂神社の前(西側)を流れているからとも言われています。
なお「京羽二重織留」には「粟飯 伝云むかし素戔嗚尊南海におもむき給ふとき、日くれしに宿を蘇民が家に借り蘇民家貧にして尊に粟の飯を供すと、依之也毎年祇園神事の日、京極四條御旅所にてあはの飯を神輿に供し奉る、是舊例也」と記され、6月14日に四条御旅所で粟飯供御神事が行われていたことも記されています。

●鴨川納涼床は桃山時代(1583年~1603年)に関白・豊臣秀吉(とよとみひでよし)が鴨川に架けられていた三条橋・五条橋を架け替え、河原が見世物や物売りで賑わい、商人が見物席を設けたり、茶店を出したりしたのが起源とも言われています。その後江戸時代(1603年~1868年)に鴨川の石垣が整備され、茶店が組織化されると河原の涼みと言われました。なお鴨川での夕涼みは平安時代中期の歌人・曽禰好忠が「みそぎする 賀茂の河風 吹くらしも 涼みにゆかん 妹をともなひ」と詠み、千年以上前から行われていると言われています。

【「京羽二重」・「京羽二重織留」 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
祇園祭2026日程(ちまき販売・宵山屋台・・・)

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