金閣寺カキツバタ見ごろ2025(5月上旬~下旬頃)

金閣寺カキツバタ見ごろ(時期・アクセス・概要)
金閣寺カキツバタ見ごろ(時期・イベント・・・)情報を紹介しています。金閣寺では池泉回遊式庭園(特別名勝・特別史跡)の中心となる鏡湖池の池畔にカキツバタが植えられ、青紫色の花を咲かせます。カキツバタと鏡湖池・鏡湖池に浮かぶ葦原島・金閣・方丈などの光景が美しいと言われています。(詳細下記参照)
【金閣寺カキツバタ見ごろ(例年時期)・2022年情報】
金閣寺のカキツバタの見ごろ例年5月上旬頃から5月下旬頃です。ただカキツバタ見ごろはその年の気候などによって多少前後することがあります。
京都カキツバタ名所・見ごろ
【金閣寺カキツバタ見ごろ アクセス・マップ】
場所・・・京都府京都市北区金閣寺町1
最寄り駅・バス停・・・金閣寺前(徒歩すぐ)・金閣寺道(徒歩約3分)
アクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*京都駅から金閣寺は101系統(B2乗り場)道、205系統(B3乗り場)道
*四条河原町からは12系統前・道、59系統前道、205系統道
*四条烏丸からは12系統前、101系統道
*河原町丸太町からは59系統前道、204系統道、205系統道
金閣寺アクセス(バス・地下鉄・私鉄・・・)
路線・時刻表・運賃チェック
【金閣寺カキツバタ見ごろ(例年時期)・見どころ 簡単概要】
金閣寺はカキツバタ(杜若)の名所です。金閣寺のカキツバタ見ごろは例年5月上旬頃から5月下旬頃です。
金閣寺では池泉回遊式庭園(特別名勝・特別史跡)の中心となる鏡湖池(きょうこち)の池畔にカキツバタが植えられ、青紫色の花を咲かせます。カキツバタと鏡湖池・鏡湖池に浮かぶ葦原島(あしはらじま)・金閣・方丈などの光景が美しいと言われています。金閣寺周辺は散策できるので、ベストポジションで眺めたり、写真撮影したりしましょう。
鏡湖池は衣笠山(きぬがさやま)を借景にした池泉回遊式庭園の中心となっています。庭園は面積約2万8千坪で、鏡湖池は面積約2千坪もあります。鏡湖池には鶴島・亀島などの島や畠山石・赤松石などの奇岩名石があります。なお鏡湖池は鏡のように金閣を映し出すことから名付けられたと言われています。
金閣は室町時代前期の1398年(応永5年)に建立されたが、1950年(昭和25年)の放火で焼失し、1955年(昭和30年)に再建されました。再建時に10センチ角の金箔が10万枚(2キロ)使用され、その後の修復では20万枚(20キロ)使用されました。金閣は木造三階建(二重三階)の楼閣建築で、一階は素木仕上げ、二階は外面が金箔張り、三階は外面・内部(床除く)が金箔張りです。
方丈は江戸時代中期の1678年(延宝6年)に第108代・後水尾天皇の寄進によって再建されました。方丈は仏間に本尊である聖観世音菩薩・夢窓国師像・足利義満像などを安置しています。なお方丈は入母屋造の桟瓦葺です。
カキツバタ(杜若・燕子花)はアヤメ科アヤメ属の抽水性多年草です。カキツバタは日本全土や朝鮮半島・中国東北部・シベリア東部の湿地などに群生しています。カキツバタは葉が長さ30~70センチで、剣状で幅広く、先が少し垂れています。花茎は高さ50~70センチで、花が径約12センチの青紫色です。内花被片(ないかひへん)は矛形で直立し、外花被片は垂れ下がって中央部に白色または淡黄色の斑紋(はんもん)があります。カキツバタは古くから花汁を使って布を染め、書き付け花とも言われ、それが転訛して「カキツバタ」となった言われています。その後江戸時代に園芸化が進み、多くの品種が作り出されました。園芸種には白花もあり、シロカキツバタと言われています。なおカキツバタは毎年例年5月から6月に花を咲かせます。
●金閣寺の歴史(創建から現在)を紹介しています。
金閣寺歴史(室町幕府3代将軍・足利義満)
●金閣寺の見どころ(金閣・不動堂など)を紹介しています。
金閣寺見どころ(金閣・不動堂など)
【金閣寺 歴史・簡単概要】
金閣寺(きんかくじ)・鹿苑寺(ろくおんじ)は1224年(元仁元年)に公卿・西園寺公経(さいおんじきんつね)が山荘・北山第(きたやまてい)を造営し、氏寺・西園寺を創建した場所です。その後鎌倉幕府の滅亡や南朝初代で、第96代・後醍醐天皇の暗殺未遂により、西園寺氏の所領などは没収されて荒廃しました。1397年(応永4年)に室町幕府3代将軍・足利義満が河内の領地との交換により、山荘・北山第を譲り受けて御所・北山殿(きたやまどの)を造営しました。1394年(応永元年)に義満は将軍職を嫡男で、4代将軍・足利義持に譲っていたが、その後も北山殿で政務を行いました。しかし1408年(応永15年)の義満没後の1409年(応永16年)に義持が北山殿の一部を破却し、1419年(応永26年)に義満の妻・日野康子(北山院)が亡くなると舎利殿(金閣)以外の寝殿などは解体され、南禅寺・建仁寺・等持寺などに移されたと言われています。1420年(応永27年)に義満を開基、夢窓国師(むそうこくし)・夢窓疎石(むそうそせき)を開山として、舎利殿(金閣)を中心に禅寺・北山鹿苑寺に改められました。鹿苑寺の名称は義満の法号「鹿苑院殿」に由来しています。なお金閣寺は1994年(平成6年)世界遺産条約により、ユネスコ世界文化遺産(古都京都の文化財)のひとつに登録されました。
金閣寺は臨済宗相国寺派大本山・相国寺の境外塔頭です。
*参考・・・金閣寺(拝観料・アクセス・歴史概要・見どころ・・・)ホームページ
【金閣寺カキツバタ見ごろ 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
金閣寺(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)情報