大豊神社梅見ごろ(3月上旬~下旬頃)梅名所

大豊神社梅見ごろ

大豊神社梅見ごろ(イベント・・・)情報を紹介しています。大豊神社には本殿前に樹齢約40年の枝垂桜とともに樹齢約250年の枝垂梅が植えられ、枝垂梅と本殿などの光景が美しいと言われています。本殿前には向かって右側が枝垂梅・左側が枝垂桜になります。大豊神社には約30本の椿も植えられ、椿も一緒に楽しむことができます。(詳細下記参照)

【大豊神社梅見ごろ(要確認)】
大豊神社の梅見ごろは例年3月上旬頃から3月下旬頃です。なお梅の見ごろはその年の気候などによって多少前後することがあります。
京都梅見ごろ2020京都梅名所

【大豊神社梅・大豊神社 アクセス・マップ地図】
場所・・・京都府京都市左京区鹿ケ谷宮ノ前町1
最寄り駅・バス停・・・東天王町(徒歩約10分)、宮ノ前町(徒歩約5分)

市バスのアクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*京都駅から大豊神社は5系統(A1乗り場)東
*四条河原町からは5系統東、32系統宮東、203系統東
*四条烏丸からは5系統東、32系統宮東、203系統東
*河原町丸太町からは93系統東、204系統東
京都市バス・アクセスダイヤ京都バス・鉄道乗換案内システム「歩くまち京都」

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【大豊神社梅見ごろ・見どころ】
大豊神社はあまり知られていない梅の名所です。大豊神社の梅見ごろは例年3月上旬頃から3月下旬頃です。大豊神社には本殿前に樹齢約40年の枝垂桜(シダレザクラ)とともに樹齢約250年の枝垂梅(シダレザウメ)が植えられ、枝垂梅と本殿などの光景が美しいと言われています。本殿前には向かって右側が枝垂梅・左側が枝垂桜になります。大豊神社では例年3月下旬頃から4月上旬頃に桜が見ごろを迎え、本殿前で枝垂梅と枝垂桜の共演を見られる年もあります。なお大豊神社には約30本の椿(ツバキ)も植えられ、椿も一緒に楽しむことができます。
本殿には少彦名命(すくなひこなのみこと)、第15代・応神天皇、菅原道真(すがわらのみちざね)を祀っています。菅原道真は梅をこよなく愛し、梅は菅原道真のシンボルとみなされています。ちなみに菅原道真を祭神として祀る北野天満宮(きたのてんまんぐう)の神紋は星梅鉢紋、太宰府天満宮(だざいふてんまんぐう)の神紋は梅紋です。
梅は中国原産のバラ科サクラ属の落葉高木です。梅は630年(舒明2年)から838年(承和5年)に派遣された遣唐使(けんとうし)が唐(中国)から日本に伝えたと言われています。梅には500種以上の品種があるが、野梅系(やばいけい)・紅梅系(緋梅系)・豊後系(ぶんごけい)に大きく分類されるそうです。
花見と言うと現在は桜を連想するが、奈良時代には中国から伝わった梅だったそうです。しかし平安時代になると梅から桜に変わり、奈良時代末期頃成立の「万葉集」では梅を読んが和歌が桜よりも多かったが、平安時代前期成立の「古今和歌集」では桜を詠んだ和歌の方が梅よりも多くなります。

【大豊神社 歴史・簡単概要】
大豊神社(おおとよじんじゃ)・ねずみの社は社伝によると平安時代前期の887年(仁和3年)に第55代・文徳天皇の外伯父、第57代・陽成天皇の外祖父である公卿・藤原長良(ふじわらのながら・ふじわらのながよし)の娘で、第59代・宇多天皇の女官・藤原淑子(しゅくし・よしこ)が第59代・宇多天皇の病気平癒祈願の為、医薬祖神・少彦名命(すくなひこなのみこと)を東山三十六峰の第15峰目である標高約132メートルの椿ヶ峰(つばきがみね)に祀ったのが起源とも言われています。藤原淑子は第59代・宇多天皇となる定省王(さだみおう)を猶子とし、その即位に貢献したと言われています。大豊神社は藤原淑子が亡夫・藤原氏宗(ふじわらのうじむね)の菩提を弔う為、平安時代前期の889年(寛平元年)に創建した円成寺(えんじょうじ)の鎮守社で、当初椿ヶ峰天神とも言われていました。平安時代中期の寛仁年間(1017年~1021年)に現在の場所に移されたが、その後焼失したり、衰微したりしたとも言われています。1969年(昭和44年)に末社・大国社(だいこくしゃ)が建立されました。なお大豊神社は少彦名命、第15代・応神天皇、菅原道真(すがわらのみちざね)を祀り、大国社は大国主命(おおくにぬしのみこと)を祀っています。
*参考・・・大豊神社(アクセス・歴史・見どころ・・・)wikipedia

【大豊神社梅見ごろ時期 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
大豊神社(アクセス・見どころ・・・)情報

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