大豊神社の梅見ごろ2025(時期:3月上旬~下旬頃)

大豊神社梅見ごろ

大豊神社の梅見ごろ・アクセス・概要

大豊神社の梅見ごろ(時期・イベント等)を紹介しています。大豊神社の梅見ごろは例年3月上旬頃から3月下旬頃です。大豊神社では本殿前に樹齢約40年の枝垂桜とともに樹齢約250年の枝垂梅が植えられ、枝垂梅と本殿などの光景が美しいと言われています。本殿前には向かって右側が枝垂梅・左側が枝垂桜になります。(詳細下記参照)

【大豊神社の梅見ごろ(例年時期)】

大豊神社の梅見ごろは例年3月上旬頃から3月下旬頃です。なお梅の開花状況や見ごろ(満開)はその年の気候などによって多少前後することがあります。
京都梅見ごろ2025(北野天満宮・梅宮大社・・・)

【大豊神社梅 アクセス・マップ】

場所・・・京都府京都市左京区鹿ケ谷宮ノ前町1
最寄り駅・バス停・・・東天王町(徒歩約10分)、宮ノ前町(徒歩約5分)

アクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*京都駅から大豊神社は5系統(A1乗り場)東
*四条河原町からは5系統東、32系統宮東、203系統東
*四条烏丸からは5系統東、32系統宮東、203系統東
*河原町丸太町からは93系統東、204系統東
路線・時刻表・運賃チェック

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【大豊神社の梅見ごろ(例年時期) 概要】

大豊神社はあまり知られていない梅の名所です。大豊神社の梅見ごろは例年3月上旬頃から3月下旬頃です。
大豊神社では祭神を祀る本殿前に樹齢約40年の枝垂桜(しだれざくら)とともに樹齢約250年の枝垂梅(しだれざうめ)が植えられ、枝垂梅と本殿などの光景が美しいと言われています。枝垂梅は本殿に向かって右側、枝垂桜が左側になります。ちなみに大豊神社では例年3月下旬頃から4月上旬頃に桜が見ごろを迎え、本殿前で枝垂梅と枝垂桜の共演を見られる年もあります。桜の名所である哲学の道も一緒に楽しみましょう。更に大豊神社には仙人卜伴(せんにんぼくはん)・不老門(ふろうもん)・肥後京錦(ひごきょうにしき)・太神楽(だいかぐら)・紀州司(きしゅうつかさ)・神代椿(かみよつばき)など約30本の椿(ツバキ)も植えられ、椿も一緒に楽しむことができます。なお大豊神社は狛犬の代わりに狛ねずみがあることで知られ、狛ねずみなどを探しながらお花見を楽しむのもおすすめです。
●本殿には少彦名命(すくなひこなのみこと)、第15代・応神天皇、菅原道真(すがわらのみちざね)を祀っています。菅原道真は梅をこよなく愛し、梅は菅原道真のシンボルとみなされています。ちなみに菅原道真を祭神として祀る北野天満宮(きたのてんまんぐう)の神紋は星梅鉢紋、太宰府天満宮(だざいふてんまんぐう)の神紋は梅紋です。

●京都で人気の梅名所・見ごろを紹介しています。由緒なども確認できます。(下記リンク参照)
京都梅名所・見ごろ

【大豊神社 歴史・簡単概要】

大豊神社は社伝によると887年(仁和3年)に第55代・文徳天皇の外伯父、第57代・陽成天皇の外祖父である権中納言・藤原長良の次女で、第59代・宇多天皇の女官(尚侍)・藤原淑子が宇多天皇の病気平癒祈願の為、医薬の神である少彦名命を椿ヶ峰に祀ったのが起源と言われています。藤原淑子は宇多天皇となる定省王を猶子とし、その即位に貢献したと言われています。当初、椿ヶ峰山天神と称し、勅願社になりました。その後皇室・公家などから篤く信仰され、大宝大明神と言われました。また宇多天皇の信任の厚かった菅原道真と第15代・応神天皇が祭神として合祀されました。889年(寛平元年)に藤原淑子が亡夫・藤原氏宗の菩提を弔う為に円成寺を創建し、鎮守社になりました。1017年(寛仁元年)に現在の場所である鹿ヶ谷に移され、神号「大豊大明神」を賜わりました。北側は法然院・霊鑑寺、南側は永観堂・南禅寺までの産土神になりました。南北朝時代の兵火や1467年(応仁元年)からの応仁の乱で焼失したが、その後再建されました。1954年(昭和29年)に京都市の名勝地に指定されました。1969年(昭和44年)に末社・大国社が建立されました。
*参考・・・大豊神社(アクセス・マップ・歴史・見どころ・・・)wikipedia

【大豊神社梅 備考】
大豊神社(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)情報

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