雲龍院梅見ごろ(2月中旬~3月中旬頃)梅名所

雲龍院梅見ごろ

雲龍院梅見ごろ(イベント・・・)情報を紹介しています。雲龍院には参道などに白梅・紅梅(はねずの梅)などが植えられ、梅と参道・書院などの光景が美しいと言われています。紅梅は禅における悟りの境地を表した丸い悟りの窓がある書院・悟之間からの眺めが素晴らしいと言われています。紅梅は白梅に比べると遅咲きになります。(詳細下記参照)

【雲龍院梅見ごろ(要確認)】
雲龍院の見ごろは例年2月中旬頃から3月中旬頃です。なお梅の見ごろはその年の気候などによって多少前後することがあります。
京都梅見ごろ2020京都梅名所

【雲龍院梅・雲龍院 アクセス・マップ地図】
場所・・・京都府京都市東山区泉涌寺山内町36
最寄り駅・バス停・・・泉涌寺道(徒歩約10分)

市バスのアクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*京都駅から雲龍院は208系統(D2乗り場)
*四条河原町からは207系統
*四条烏丸からは207系統
*河原町丸太町202系統
京都市バス・アクセスダイヤ京都バス・鉄道乗換案内システム「歩くまち京都」

*JR奈良線の場合、最寄り駅は東福寺駅(徒歩約15分)
*京阪電鉄本線の場合、最寄り駅は東福寺駅(徒歩約15分)

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【雲龍院梅見ごろ・見どころ】
雲龍院はあまり知られていない梅の名所です。雲龍院の見ごろは例年2月中旬頃から3月中旬頃です。雲龍院には参道などに白梅・紅梅(はねずの梅)などが植えられ、梅と参道・書院などの光景が美しいと言われています。紅梅は禅における悟りの境地を表した丸い悟りの窓がある書院・悟之間からの眺めが素晴らしいと言われています。紅梅は白梅に比べると遅咲きになります。なお雲龍院には早咲きの河津桜(カワヅザクラ)も植えられ、はねずの梅との共演も楽しめる年もあります。
はねずの梅(八重紅梅)は中国原産のバラ科サクラ属の小高木です。八重紅梅は奈良時代に遣隋使または遣唐使が中国から伝えたと言われています。はねずの梅の名称は白みをおびた薄い紅色を古来「はねず(朱華・唐棣・棠棣)」と言っていたことに由来しています。日本最古の和歌集「万葉集」の中では「思わじと 言ひてしものを 朱華色の 移ろひやすき わが心かも(大伴坂上郎女・おおとものさかのうえのいらつめ)」・「山吹の 匂へる妹が 朱華色の 赤裳の姿 夢にみえつつ(作者不明)」と詠まれています。
書院には悟之間・蓮華の間・大輪の間・月窓の間・清浄の間などがあります。ちなみに雲龍院には四角い迷いの窓もあります。
梅は中国原産のバラ科サクラ属の落葉高木です。梅は630年(舒明2年)から838年(承和5年)に派遣された遣唐使(けんとうし)が唐(中国)から日本に伝えたと言われています。梅には500種以上の品種があるが、野梅系(やばいけい)・紅梅系(緋梅系)・豊後系(ぶんごけい)に大きく分類されるそうです。
花見と言うと現在は桜を連想するが、奈良時代には中国から伝わった梅だったそうです。しかし平安時代になると梅から桜に変わり、奈良時代末期頃成立の「万葉集」では梅を読んが和歌が桜よりも多かったが、平安時代前期成立の「古今和歌集」では桜を詠んだ和歌の方が梅よりも多くなります。

【雲龍院 歴史・簡単概要】
雲龍院(うんりゅういん)は南北朝時代の1372年(応安5年)に北朝第4代・後光厳天皇の勅願により、竹巌聖皐律師(ちくがんしょうこうりっし)を開山として創建されました。1389年(康応元年)に北朝第5代・後円融天皇が龍華殿を建立し、如法写経を行いました。その後火災や応仁の乱(1467年(応仁元年)~1477年(文明9年))の兵火によって焼失したが、1501年(文亀元年)に第104代・後柏原天皇から第103代・後土御門天皇の御殿を賜り、本堂が再建されました。その後江戸時代初期に如周宗師(じょしゅうそうし)が後円融天皇にゆかりがあり、隣接していた龍華院(龍華殿)を合寺しました。なお雲龍院は迷年成人の日に行われている泉涌寺七福神巡りでは5番・大黒天になります。
雲龍院は真言宗泉涌寺派総本山・泉涌寺の別格本山です。
*参考・・・雲龍院(アクセス・歴史・見どころ・・・)ホームページ雲龍院(アクセス・歴史・見どころ・・・)wikipedia

【雲龍院梅見ごろ 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
雲龍院(アクセス・見どころ・・・)情報

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