城南宮愛車の茅の輪くぐり2019/7/1~7(日程・時間・・・)

城南宮愛車の茅の輪くぐり

城南宮愛車の茅の輪くぐり(日程・時間・・・)を紹介しています。愛車の茅の輪くぐりは毎年7月1日~7日に行われています。愛車の茅の輪くぐりでは愛車に乗ったまま今後半年間の交通安全を祈念しながら第一駐車場の特別斎場に設けられた直径5メートルの大きな茅の輪をくぐります。大型バスでもくぐれるそうです。(詳細下記参照)

【城南宮愛車の茅の輪くぐり2019 日程時間(要確認)】
城南宮愛車の茅の輪くぐり2019は2019年(令和元年)7月1日(月曜日)~7日(日曜日)9:00~16:00に行われます。

【城南宮愛車の茅の輪くぐり アクセス・マップ地図】
場所・・・京都府京都市伏見区中島鳥羽離宮町7
最寄の駅・・・竹田駅(徒歩約15分)

路線は次の通りです。
*京都駅からは近鉄京都線

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【城南宮愛車の茅の輪くぐり 歴史・簡単概要】
城南宮愛車の茅の輪くぐり(おくるまのちのわくぐり)は毎年7月1日~7日に行われています。なお毎年6月25日~30日に茅の輪くぐり・人形流し(ひとがたながし)が行われ、毎年6月30日に夏越の祓(なごしのはらい)が行われます。
愛車の茅の輪くぐりでは先ず神職が大麻(おおぬさ)で愛車(自動車・バス・トラック)を1台ずつ祓います。その後愛車に乗ったまま今後半年間の交通安全を祈念しながら第一駐車場の特別斎場に設けられた直径5メートルの大きな茅の輪をくぐります。直径5メートルの大きな茅の輪は全国的に珍しく、大型バスでもくぐれるそうです。
茅の輪(ちのわ)は素戔嗚尊(すさのおのみこと)が后を求めて旅に出た際、貧しい蘇民将来(そみんしょうらい)が快くもてなし、素戔嗚尊の教えに従って茅の輪を腰に付けたところ疫病を逃れることができ、子々孫々まで繁栄したという故事に由来する古来からの風習です。なお一般的に茅の輪くぐりでは先ず左足から茅の輪をくぐって左に回り、次に右足から茅の輪をくぐり右に回り、最後に左足から茅の輪をくぐり左に抜けます。つまり茅の輪は八の字を描くように合計3回くぐります。茅の輪をくぐる際、「水無月の 夏越の祓へする人は 千歳の命 延ぶというなり」などと心の中で唱えます。
茅の輪くぐり・人形流しでは本殿と拝殿の間に設置された茅の輪をくぐり抜け、過去半年間の罪・穢れを移した人形(ひとかた)を神苑(しんえん)の中を流れる禊(みそぎ)の小川に流し、心身を清めて無病息災を祈願します。

【城南宮 歴史・簡単概要】
城南宮(じょうなんぐう)は第14代・仲哀天皇の皇后・神功皇后(じんぐうこうごう)による三韓征伐の際に船上に立てた旗とともに神功皇后・大国主神(八千戈神)を祀った真幡寸神社(まはたきじんじゃ)が起源と言われています。その後794年(延暦13年)の第50代・桓武天皇による平安京遷都の際に国土の安泰と都の守護を祈願し、国常立尊(くにのとこたちのみこと)が併祀され、城南神と言われるようになりました。平安時代後期に白河上皇(第72代・白河天皇)が鳥羽離宮(城南離宮)を造営し、院政を始めたことから離宮の一部になりました。その後御所の裏鬼門を守る神となったが、応仁の乱(1467年(応仁元年)~1477年(文明9年))などの兵火によって荒廃し、江戸時代に復興されました。なお1876年(明治10年)に名称を真幡寸神社に改めたが、1968年(昭和43年)に名称を城南宮に戻し、真幡寸神社は境内摂社として、新たな社殿が造営されました。
*参考・・・城南宮ホームページ城南宮wikipedia

【城南宮愛車の茅の輪くぐり 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
城南宮(アクセス・見どころ・・・)情報

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