離宮八幡宮どんど祭2019/1/(日程・時間・・・)

離宮八幡宮どんど祭

離宮八幡宮どんど祭(日程・時間・・・)を紹介しています。どんど祭は毎年1月上旬頃に行わています。どんど祭ではしめ縄などの正月飾りや前年一年間お世話になった古いお守り・お札(御神札)・神矢などを焚き上げます。ちなみにどんど祭の火で書き初めを天へ焼き上げ、天高く舞い上がると書が上達するとも言われています。(詳細下記参照)

【離宮八幡宮どんど祭2019 日程時間(要確認)】
離宮八幡宮どんど祭2019は2019年1月上旬14:00から行われます。

【離宮八幡宮どんど祭 アクセス・マップ地図】
場所・・・京都府乙訓郡大山崎町大山崎西谷21-1
最寄り駅・バス停・・・山崎駅(徒歩約1分)

アクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*JR東海道線

*阪急京都本線の場合、大山崎駅(徒歩約3分)

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【離宮八幡宮どんど祭 歴史・簡単概要】
離宮八幡宮どんど祭(どんどさい)・左義長(さぎちょう)は毎年1月上旬頃に行わています。どんど祭ではしめ縄などの正月飾りや前年一年間お世話になった古いお守り・お札(御神札)・神矢などを焚き上げます。ちなみにどんど祭の火で書き初めを天へ焼き上げ、天高く舞い上がると書が上達するとも言われています。なお環境を守る為、不要物(土具・カビ餅・ビニール類など)は焚き上げできません。
左義長(どんど祭)は平安時代に行われていた宮中行事(神事)が起源です。宮中では1月15日の小正月に清涼殿(せいりょうでん)の庭に青竹を束ねて立て、毬杖(ぎっちょう)三本を結び、その上に扇子や短冊などを添え、陰陽師が謡い囃子ながら焚き上げて、吉凶などを占ったと言われています。左義長は毬杖を三本を結ぶことから三毬杖(さぎちょう)とも言われたそうです。なお左義長は地方により、とんど(歳徳)・とんど焼き・どんど祭・どんど・どんど焼き・さいと焼き・爆竹祭などとも言われるそうです。
しめ縄(注連縄・標縄・七五三縄)は神域(常世・とこよ)と現世(うつしよ)を隔てる結界の役目や厄・禍を祓う役割があると言われています。
門松は正月に歳神(年神)を迎える依代(よりしろ) として門口に立てる松飾りです。門松は古来神が木の梢に宿ると考えられていたことに由来するそうです。
書き初めは旧暦の1月2日に新年最初の文字を毛筆で書いたことが起源です。書き初めは筆始(ふではじめ)・吉書(きっしょ)・試筆(しひつ)・初硯(はつすずり)などとも言われ、季語ともされています。なお書き初めは元々宮中の儀式だったが、江戸時代に寺子屋から庶民に広まったそうです。

【離宮八幡宮 歴史・簡単概要】
離宮八幡宮(りきゅうはちまんぐう)は859年(貞観元年)に奈良・大安寺の僧・行教が大分・宇佐八幡宮から勧請し、第52代・嵯峨天皇が営んだ河陽離宮(かやりきゅう)跡に石清水八幡宮として祀ったのが起源です。859年(貞観元年)に第56代・清和天皇に神託があり、国家安泰の為に宇佐八幡宮から分霊し、平安京の守護神として祀ることになり、行教が遣わされました。行教は宇佐八幡宮の帰途、淀川水運の拠点・山崎の津で神降山に霊光を見て、そこから石清水の湧き、清和天皇に奏上したところ天皇の勅命より、国家鎮護の為に造営されることになりました。その後離宮八幡宮は河陽離宮跡だったことから名称を離宮八幡宮に改めました。貞観年間(859年~877年)に神官が神示を受け、搾油器・長木を発明して荏胡麻油(えごまあぶら)の製油を始め、朝廷から油祖の名を賜り、日本の製油発祥地とされました。離宮八幡宮は油座として荏胡麻油の専売特許を持ち、油商人は離宮八幡宮の許状無しに油を扱うことはできず、江戸時代まで栄えました。なお離宮八幡宮は本殿に応神天皇、左殿に酒解大神(さかとけのおおかみ)、右殿に比売三神(ひめさんしん)を祀っています。離宮八幡宮には武内社・天照皇太神社・蛭子神社・鹿島神社・気比宮・高天宮神社・小禅師宮・勝手神社・腰掛天神社・高良社などの摂末社もあります。
*参考・・・離宮八幡宮(アクセス・歴史・見どころ・・・)ホームページ離宮八幡宮(アクセス・歴史・見どころ・・・)wikipedia

【離宮八幡宮どんど祭 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
離宮八幡宮(アクセス・見どころ・・・)情報

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