龍安寺ハス見ごろ2021(6月中旬~7月下旬頃)

龍安寺ハス

龍安寺ハス見ごろ(例年)・見どころ

龍安寺ハス見ごろ(時期・イベント・・・)を紹介しています。龍安寺では鏡容池や山門周辺などにハスが植えられ、ピンク色などの花を咲かせます。鏡容池にはスイレン(睡蓮)も植えられ、ハスと一緒に楽しめる時期があります。ちなみに鏡容池ではハスよりもスイレンのほうが多く植えられています。(詳細下記参照)

【龍安寺 ハス見ごろ(例年)】
龍安寺のハス見ごろは例年6月中旬頃から7月下旬頃です。なおハスの見ごろはその年の気候などによって多少前後することがあります。
京都ハス名所・見ごろ

【龍安寺ハス見ごろ アクセス・マップ】
場所・・・京都府京都市右京区龍安寺御陵下町13
最寄りバス停・・・竜安寺前(徒歩すぐ)

アクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*四条河原町から龍安寺は59系統
*河原町丸太町からは59系統

*京都駅から50系統(B2乗り場)の場合、立命館大学前(徒歩約7分)
路線・時刻表・運賃チェック

*嵐電(京福電鉄)北野線の場合、最寄り駅は龍安寺駅(徒歩約7分)

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【龍安寺 ハス見ごろ(例年)・簡単解説】
龍安寺はハス(蓮)の名所です。龍安寺のハス見ごろは例年6月中旬頃から7月下旬頃です。
龍安寺では鏡容池や山門周辺などにハスが植えられ、ピンク色などの花を咲かせます。鏡容池にはスイレン(睡蓮)も植えられ、ハスと一緒に楽しめる時期があります。ちなみに鏡容池ではハスよりもスイレンのほうが多く植えられています。ちなみにハスとスイレンの見分け方は水面に葉を浮かべて水面近くに花が咲くのがスイレン、水面よりも上に葉を伸ばして水面よりも少し高い位置に花が咲くのがハスです。なおハスの花は早朝に咲き、昼頃には閉じます。
鏡容池は龍安寺境内の南側半分を占め、池泉回遊式庭園の中心にあります。鏡容池は元々灌漑用の溜池で、その後池泉に改修され、平安時代に貴族が船を浮かべて歌舞音曲を楽しみました。安土桃山時代には関白・豊臣秀吉が弁天島に弁財天を祀りました。なお鏡容池はオシドリの名所だったことから龍安寺は鴛鴦寺(おしどりでら)とも言われました。
山門は1680年(延宝8年)に建立され、1755年(宝暦5年)の洪水によって破損し、その後江戸時代中期に再建されたと言われています。山門はきぬがけの路の竜安寺前の交差点近くで、鏡容池手前に建立されています。
スイレン(睡蓮)はスイレン科スイレン属の多年生の水草・ヒツジグサ(未草)のことです。ヒツジグサは北海道から九州の池や沼に生育しています。ヒツジグサは長楕円形または円形の葉を水面に浮べ、直径約5センチの花を水面近くに咲かせます。
ハス(蓮)はインド原産のハス科の多年性水生植物です。ハスは古くに中国から渡来し、食用のレンコン(蓮根)や観賞用のハナハス(花ハス)として、日本各地の池・沼・水田などで栽培されるようになりました。ハスは花托(かたく)の形状が蜂の巣に似ていることから古くは「はちす」と言われていました。ハスの花は蓮華(れんげ)と言われ、その名称は仏教とともに中国から伝来したとも言われています。如来像の台座には蓮華をかたどった蓮華座になっています。ハスは泥水の中から清浄な美しい花を咲かせることから仏の知恵や慈悲の象徴とされています。またハスは泥より出でて、泥に染まらずと称され、清らかさや聖性の象徴ともされています。ちなみに極楽浄土の池には「阿弥陀経(あみだきょう)」によると青・黄・赤・白色の車輪のような大きなハスの花が咲いていると言われているそうです。ハスは夏に水上に花茎を伸ばし、紅・淡紅・ピンク色・白色などの花を咲かせます。ハスの花は径10~25センチ、花弁が20数枚で、芳香があります。なおハスの花は早朝に咲き、昼頃には閉じます。
龍安寺見どころ

【龍安寺 歴史・簡単概要】
龍安寺(りょうあんじ)・竜安寺は平安時代中期の984年(永観元年)に創建され、四円寺(円教寺(えんぎょうじ)・円乗寺(えんじょうじ)・円宗寺(えんしゅうじ))に数えられた第64代・円融天皇(えんゆうてんのう)の御願寺(ごがんじ)・円融寺があった場所です。四円寺はいずれも真言宗(しんごんしゅう)御室派(おむろは)の総本山・仁和寺(にんなじ)の子院として創建されました。またその後左大臣(さだいじん)・藤原実能(ふじわらのさねよし)が山荘を営み、徳大寺(とくだいじ)を創建した場所です。龍安寺は室町時代中期の1450年(宝徳2年)に室町幕府管領(かんりょう)・細川勝元(ほそかわかつもと)が権大納言(ごんだいなごん)・徳大寺公有(とくだいじきんあり)から山荘を譲り受け、妙心寺(みょうしんじ)5世・義天玄詔(ぎてんげんしょう)を開山、玄詔の師である妙心寺4世・日峰宗舜(にっぽうそうしゅん)を勧請開山として創建しました。しかし細川勝元が東軍総大将になった室町時代中期の応仁の乱(1467年(応仁元年)~1477年(文明9年))の兵火で焼失し、1488年(長享2年)に細川勝元の子・細川政元(ほそかわまさもと)が中興の祖・特芳禅傑(とくほうぜんけつ)とともに再興し、方丈が再建・石庭が作庭されたと言われています。龍安寺には細川勝元夫妻と細川政元の墓が残されています。
龍安寺は臨済宗妙心寺派大本山・妙心寺の塔頭です。
*参考・・・京都世界遺産・龍安寺(アクセス・歴史概要・見どころ・・・)ホームページ

【龍安寺ハス見ごろ 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
京都世界遺産・龍安寺(アクセス・見どころ・・・)情報

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