千本ゑんま堂六斎念仏2019/8/14

千本ゑんま堂

千本ゑんま堂六斎念仏(日程・時間・・・)を紹介しています。六斎念仏は毎年8月14日に行われています。六斎念仏は盂蘭盆で千本六斎会によって奉納されます。ちなみに盂蘭盆はお盆のことです。なお千本ゑんま堂では毎年8月7日から15日まではお精霊迎え(おしょうらいむかえ)、8月16日にお精霊送り(おしょうらいおくり)が行われます。(詳細下記参照)

【千本ゑんま堂六斎念仏2019 日程時間(要確認)】
千本ゑんま堂六斎念仏2019は2019年(令和元年)8月14日(水曜日)19:00頃から行われます。

【千本ゑんま堂六斎念仏 アクセス・マップ地図】
場所・・・京都府京都市上京区千本通鞍馬口下ル閻魔前町34
最寄り駅・バス停・・・乾隆校前(徒歩約2分)、千本鞍馬口(徒歩約2分)

市バスのアクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*京都駅からは206系統(A3乗り場)
*四条河原町からは46系統、59系統
*四条大宮からは6系統、46系統
*三条京阪からは59系統
京都市バス・アクセスダイヤ京都バス・鉄道乗換案内システム「歩くまち京都」

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【千本ゑんま堂六斎念仏 歴史・簡単概要】
千本ゑんま堂六斎念仏(ろくさいねんぶつ)は盂蘭盆で千本六斎会によって奉納されます。ちなみに盂蘭盆はお盆のことで、先祖の霊を冥福を祈って供養したり、亡き人を偲んだりする盂蘭盆会(うらぼんえ)が行われます。なお千本ゑんま堂では毎年8月7日から15日まではお精霊迎え(おしょうらいむかえ)、8月16日にお精霊送り(おしょうらいおくり)が行われます。
六斎念仏は鉦や太鼓ではやし、念仏を唱えながら踊る民俗芸能・民間信仰です。六斎念仏は平安時代中期に踊り念仏で知られ、市聖(いちひじり)と言われた空也上人(くうやしょうにん)が始めたとも、鎌倉時代に西方寺(さいほうじ)を中興した道空上人(どうくうしょうにん)が始めたとも言われています。ちなみに六斎念仏の中でも笛などの楽器を使用し、娯楽要素の強い六斎念仏は芸能六斎とも言われています。現在六斎念仏には芸能色がほとんどなく、宗教色が強い干菜寺系(ほしなでらけい)念仏六斎と芸能色が強い空也堂系(くうやどうけい)芸能六斎があります。ただ空也堂系には宗教色が強い念仏六斎もあります。なお六斎念仏は1ヶ月に6日(8日・14日・15日・23日・29日・30日)ある忌み日・六斎日に行われたことから名付けられました。
千本六斎会は京都西陣の北西部に伝わる郷土芸能・六斎念仏を継承する京都六斎念仏保存団体です。千本六斎会は西陣という土地柄から風流化が強く、華やかさが持ち味の芸能六斎(六斎念仏)を継承しています。なお千本六斎会の芸能六斎には四ツ太鼓・祇園囃子・雀踊り・獅子と蜘蛛の精・山姥(やまんば)・願人坊(がんじんぼう)・猿回しなどの演目があります。

【千本ゑんま堂 歴史・簡単概要】
千本ゑんま堂(せんぼんえんまどう)・千本ゑんま堂・引接寺(いんじょうじ)は起源が明確ではありません。千本ゑんま堂は平安時代初期に公卿・小野篁(おののたかむら)が創建したのが起源とも、1017年(寛仁元年)に恵心僧都(えしんそうず)・源信(げんしん)の法弟・定覚上人(じょうかくしょうにん)が道場・諸人化導引接仏道を創建し、光明山歓喜院引接寺と称したのが起源とも言われています。その後1273年(文永10年)明善律師が中興しました。室町時代に室町幕府3代将軍・足利義満から寄進を受け、ゑんま堂狂言(ゑんま堂大念仏狂言)が始まったとも言われています。なお千本ゑんま堂は1574年(天正2年)織田信長が上杉謙信に贈ったと言われている国宝・洛中洛外図屏風の中で、ゑんま堂狂言の閻魔庁が演じらている様子が描かれています。また1565年(永禄8年)宣教師ルイス・フロイスが記した「Historia de Iapan(日本史)」の中にも千本ゑんま堂の様子が記されています。
*参考・・・千本ゑんま堂(アクセス・歴史・・・)ホームページ千本ゑんま堂(アクセス・歴史・・・)wikipedia

【千本ゑんま堂六斎念仏 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
千本ゑんま堂(アクセス・見どころ・・・)情報

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