下鴨神社神嘗祭(例年10月17日)

下鴨神社神嘗祭
下鴨神社神嘗祭(日程・時間・・・)を紹介しています。神嘗祭は例年10月17日に行われています。神嘗祭では三重県伊勢市・伊勢神宮でその年の新穀を神前に祀る神嘗祭が行われ、それを祝います。伊勢神宮で神嘗祭が行われると宮中や全国の神社では神嘗祭を祝う祭典・神嘗祭が行われます。
【下鴨神社神嘗祭 日程時間(要確認)】
下鴨神社神嘗祭は10月17日に行われます。
【下鴨神社神嘗祭 アクセス・マップ】
場所・・・京都府京都市左京区下鴨泉川町59
最寄り駅・バス停・・・下鴨神社前(徒歩すぐ)
アクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*京都駅から下鴨神社は4系統(A2乗り場)、205系統(A2乗り場)
*四条河原町からは4系統、205系統
*河原町丸太町からは4系統、205系統
路線・時刻表・運賃チェック
【下鴨神社神嘗祭 歴史・簡単概要】
下鴨神社神嘗祭(かんなめさい)では三重県伊勢市・伊勢神宮(いせじんぐう)でその年の新穀を神前に祀る神嘗祭が行われ、それを祝います。伊勢神宮で神嘗祭が行われると宮中や全国の神社では神嘗祭を祝う祭典・神嘗祭が行われます。なお神嘗祭では先ず遥か伊勢神宮を拝した後、本殿で皇室の弥栄・国家の隆盛・国民の平安を祈願します。
伊勢神宮は内宮(皇大神宮)に日本人の氏神で、皇室の先祖である天照大御神(あまてらすおおみかみ)・外宮(豊受大神宮)に衣食住を司られる豊受大御神を祀っています。天照大御神は神代の昔、稲穂の種を得た際に「これこそ蒼生(国民)の食して活くべきものもの」と定め、天孫・瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)を降臨させた際に稲種を授け、日本の農業の基礎になったと言われています。なお宮中では天皇陛下が伊勢神宮をご遥拝した後、宮中三殿の賢所で天照大御神に国家・国民の平安をご祈願します。
天照大御神(天照皇大神・天照大神)は太陽を神格化した神で、父・伊奘諾尊(いざなぎのみこと)と母・伊奘冉尊(いざなみのみこと)の子とされています。
●下鴨神社の歴史(創建から現在)を紹介しています。
下鴨神社歴史(賀茂建角身命・・・)
●下鴨神社の見どころ(舞殿・細殿など)を紹介しています。
下鴨神社見どころ(舞殿・細殿など)
【下鴨神社 歴史・簡単概要】
下鴨神社(しもがもじんじゃ)・賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ)は起源が明確ではありません。下鴨神社は社伝によると初代・神武天皇の時代(紀元前660年~紀元前582年)に祭神・賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)が比叡山西麓の御蔭山(みかげやま)に降臨したのが起源とも言われています。また下鴨神社は紀元前90年(崇神天皇7年)に瑞垣(みずかき)の修造の記録があり、それ以前から祀られていたとも言われています。その後第29代・欽明天皇の時代(539年~571年)に欽明天皇が勅使を派遣して葵祭(賀茂祭)が始まり、678年(天武天皇7年)に社殿が造営され、天平年間(729年~749年)には上賀茂神社から分置されたとも言われています。794年(延暦13年)の第50代・桓武天皇による平安京遷都の際、王城鎮護の神になり、桓武天皇が初めて行幸しました。その後807年(大同2年)に神階・正一位に叙され、葵祭で天皇の勅使が派遣されて行われる勅祭になり、810年(大同5年)には葵祭に奉仕する賀茂斎院(かもさいいん)が置かれ、第52代・嵯峨天皇の皇女・有智子内親王(うちこないしんのう)が初代斎王として仕えました。なお下鴨神社は1994年(平成6年)世界遺産条約により、ユネスコ世界文化遺産(古都京都の文化財)のひとつに登録されました。
下鴨神社は上賀茂神社(賀茂別雷神社)とともに古代氏族の賀茂氏の氏神を祀る神社です。
*参考・・・下鴨神社(拝観料・アクセス・歴史概要・見どころ・・・)ホームページ
【下鴨神社神嘗祭 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
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