神泉苑御火焚祭2015/11/23

神泉苑御火焚祭

神泉苑御火焚祭

神泉苑御火焚祭(日程・時間・・・)を紹介しています。御火焚祭は毎年11月23日に行われます。御火焚祭では信者などの願いが込められた護摩木が増運弁天社の前に設けた護摩壇で焚き上げ、祈願成就を願います。なお御火焚祭ではご焼香も行われます。(詳細下記参照)

【神泉苑御火焚祭2015 日程時間(要確認)】
神泉苑御火焚祭2015は2015年11月23日(月曜日)14:00から行われます。

【神泉苑御火焚祭 アクセス・マップ地図】
場所・・・京都府京都市中京区御池通神泉苑町東入ル門前町166
最寄り駅・バス停・・・神泉苑前(徒歩すぐ)、堀川御池(徒歩約5分)

市バスのアクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*京都駅から神泉苑は9系統(B1乗り場)堀
*四条河原町からは12系統堀、15系統神堀
*四条烏丸からは12系統堀
京都市バス・アクセスダイヤ京都バス・鉄道乗換案内システム「歩くまち京都」

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【神泉苑御火焚祭 歴史・簡単概要】
神泉苑御火焚祭(しょうとくたいしおひたきさい)は神泉苑の鎮守・増運弁天社の行事です。火焚祭では信者などの願いが込められた護摩木を増運弁天社の前に設けた護摩壇で焚き上げ、祈願成就を願います。なお御火焚祭では厄除開運・家内安全・良縁成就・安産祈願・社運繁栄・商売繁盛・合格祈願・病気平癒・交通安全・開運祈願・心願成就・旅行安全・必勝祈願・社内安全・工事安全などが願われるそうです。

【増運弁天社 歴史・簡単概要】
増運弁天社(ぞううんべんてんしゃ)は神泉苑の鎮守です。増運弁天社には財宝を授けるご利益があると言われています。また増運弁天社は法成池の畔に祀られ、水音が弁天様の奏でる琵琶の音色に聞こえるとも言われているそうです。なお増運弁天社の屋根瓦には弁天様のお使い(眷族(けんぞく)・神使(しんし)・祭神の使者)である鯰(なまず)が描かれています。

【神泉苑 歴史・簡単概要】
神泉苑(しんせんえん)は794年(延暦13年)の第50代・桓武天皇による平安京遷都の際、大内裏(だいだいり)の南に接する場所に造営された八町の規模を有する禁苑(宮中の庭)でした。禁苑は大池・泉・小川・小山・森林などを取り込んで造られ、主殿の乾臨閣(けんりんかく)・右閣・左閣・西釣台・東釣台・滝殿・後殿などの宮殿が造営されました。800年(延暦19年)に桓武天皇が行幸し、802年(延暦21年)に雅宴(がえん)が催されたとも言われています。また812年(弘仁3年)に第52代・嵯峨天皇が花宴の節(かえんのせち)を催したとも言われています。その後824年(天長元年)に真言宗の開祖である弘法大師・空海が第53代・淳和天皇の勅命により、北印度の無熱池の善女龍王(ぜんにょりゅうおう)を勧請して祈雨を行ったと言われています。863年(貞観5年)に疫病が流行し、疫病を鎮める御霊会(ごりょうえ)が行われました。869年(貞観11年)に行われた御霊会が八坂神社(祇園社)の祭礼・祇園祭の起源と言われています。その後荒廃し、1603年(慶長8年)に江戸幕府初代将軍・徳川家康が二条城を築城した際、敷地の大部分が二条城に組み入れられ、規模が大きく減少しました。1788年(天明8年)の天明の大火によって社殿が焼失しました。
神泉苑は東寺真言宗の寺院です。
*参考・・・神泉苑(アクセス・歴史・見どころ・・・)ホームページ神泉苑(アクセス・歴史・見どころ・・・)wikipedia

【神泉苑御火焚祭 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
神泉苑御火焚祭2015は雨天でも行われます。
神泉苑(アクセス・見どころ・・・)情報

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