上賀茂神社斎王代禊の儀2025年5月4日(葵祭前儀)

斎王代禊の儀(Saio-dai Misogi-no-gi)

上賀茂神社斎王代禊の儀

上賀茂神社斎王代禊の儀(日程・時間・・・)を紹介しています。斎王代禊の儀・斎王代以下女人列御禊神事は例年5月4日に行われています。ただ斎王代禊の儀は上賀茂神社と下鴨神社の1年交代制です。斎王代禊の儀では斎王代が境内を流れるならの小川に両手をひたして身を清めます。(詳細下記参照)

★葵祭2025の最新情報

【上賀茂神社斎王代禊の儀2025 日程時間(要確認)】

上賀茂神社斎王代禊の儀2025は2025年(令和7年)5月4日(日曜日)10:00から行われます。(現在確認中・要注意)なお斎王代禊の儀は上賀茂神社と下鴨神社の1年交代制です。
*参考・・・上賀茂神社ホームページ
★葵祭の行事日程を確認できます。(下記リンク参照)
葵祭2025日程(時代行列・流鏑馬神事・・・)

【上賀茂神社斎王代禊の儀 アクセス・マップ】

場所・・・京都府京都市北区上賀茂岡本町
最寄り駅・バス停・・・上賀茂神社前(徒歩約15分)

アクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*京都駅からは4系統(A2乗り場)
*四条河原町からは4系統、46系統
*四条烏丸からは46系統
*河原町丸太町からは4系統
路線・時刻表・運賃チェック

*地下鉄烏丸線の場合、最寄り駅は北山駅(徒歩約15分)

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【上賀茂神社斎王代禊の儀 簡単概要】

上賀茂神社斎王代禊の儀(さいおうだいみそぎのぎ)・斎王代以下女人列御禊神事(さいおうだいいかにょにんれつみそぎしんじ)・葵祭御禊神事(あおいまつりみそぎしんじ)は例年5月15日に行われる葵祭に先立って、例年5月4日に行われています。ただ斎王代禊の儀は上賀茂神社と下鴨神社の1年交代制です。なお斎王代禊の儀などはかつて鴨川で行われていたが、鎌倉時代前期に賀茂斎院が廃止されて途絶えたそうです。ただ上賀茂神社のならの小川も下鴨神社の御手洗川も鴨川の源流のひとつです。
下鴨神社斎王代禊の儀
斎王代禊の儀では十二単(じゅうにひとえ)を身に纏った斎王代が境内を流れるならの小川に両手をひたして身を清めます。女人列御禊神事では女人列の女童(めのわらわ)・命婦(みょうぶ)・女嬬(にょじゅう)・内侍(ないし)・女別当(にょべっとう)・釆女(うぬめ)などが形代(かたしろ)を左胸などに当て息を吹き掛け、ならの小川に流して罪・穢れを祓います。斎王代禊の儀などでは奉仕員の修祓(しゅばつ)・手水の儀(ちょうずのぎ)・中臣祓詞宣読(なかとみのはらえことばせんぞく)・斎王代や女人列の修祓・ならの小川での御禊・形代(かたしろ)での解除(げじょ)・本殿の遥拝などが行われます。
●ならの小川は賀茂川に設けられた明神井堰から取水されて明神川になり、上賀茂神社の御生所近くで御生川に名前を変え、境内に入ると御手洗川に名前を変え、楼門西側で御物忌川と合流するとならの小川に名前を変え、境内を出ると明神川に再び名前を変え、琵琶湖疏水分線に合流しています。ならの小川の名所は奈良社近くを流れているからとも、楢の木々の中を流れているからとも言われています。
●斎王代はかつて天皇の娘である未婚の内親王(ないしんのう)から選ばれ、葵祭に奉仕していた斎王の代理です。賀茂社(上賀茂神社・下鴨神社)では平安時代前期の810年(大同5年)に賀茂斎院が置かれ、第52代・嵯峨天皇(さがてんのう)の皇女・有智子内親王(うちこないしんのう)が初代斎王として仕えました。なお斎王代は1956年(昭和31年)以降、京都市内の未婚の一般女性選ばれているそうです。
上賀茂神社見どころ(本殿・細殿立砂など)

【葵祭 歴史・簡単概要】

葵祭は第29代・欽明天皇の時代(539年~571年)に全国が風水害に見舞われて飢餓・疫病が流行し、卜部伊吉若日子に占わせられたところ賀茂大神の祟りであるとした為、4月吉日を選んで、馬に鈴を懸け、人は猪頭を被り、駆競して、盛大に祭りを行ったことが起源とも言われています。なお葵祭は正式名称を賀茂祭と言うが、賀茂祭は祭儀に関わる人や牛車に至るまで二葉葵を桂の小枝に挿し飾ることから江戸時代以降に葵祭と言われるようになりました。
葵祭歴史年表

【上賀茂神社斎王代禊の儀 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
葵祭2025日程(路頭の儀・前儀・後儀・・・)

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