嵐山と白河上皇(第72代・白河天皇(しらかわてんのう))

嵐山と白河上皇(第72代・白河天皇(しらかわてんのう))

嵐山は古来から山水の美を兼ねた景勝地で、天皇・貴族らが行幸したり、大堰川で船遊びを行なったりしました。平安時代後期に白河上皇は嵐山に行幸した際、漢詩・和歌・奏楽の三艘の舟を仕立てて、技を競い合わせて船遊びを楽しみました。

【嵐山紅葉見ごろ(例年時期)・2024年予測】
嵐山の紅葉見ごろは例年11月中旬頃から11月下旬頃です。ただ紅葉の時期や見ごろはその年の気候などによって多少前後することがあります。なお2024年(令和6年)の紅葉見ごろ情報は2024年(令和6年)9月上旬頃から順次情報発信します。
嵐山紅葉見ごろ

【嵐山 歴史・簡単概要】
嵐山は一級河川・桂川(大堰川)に架けられて渡月橋の西、京都市西京区にある標高約382メートルの山です。嵐山は国の史跡・国の名勝に指定されています。また嵐山は「日本さくら名所100選」・「日本の紅葉の名所100選」にも選ばれています。嵐山は平安時代に貴族の別荘地で、古くから歌枕として多くの和歌などに詠まれる景勝地でした。なお嵐山と言う場合、山そのものではなく、桂川(大堰川)両岸の嵐山・嵯峨野を含めたエリアを指し、京都随一の観光地になっています。

【嵐山と白河上皇(第72代・白河天皇(しらかわてんのう))】
嵐山は古来から山水の美を兼ねた景勝地で、平安時代以降に天皇(上皇・法皇)・貴族らが行幸したり、大堰川(おおいがわ・桂川)で船遊びを行なったり、山荘などを営んだりしました。ちなみに江戸時代後期の1691年(元禄4年)5月2日に松尾芭蕉(まつおばしょう)が向井去来(むかいきょらい)・河合曽良(かわいそら)とともに大堰川(おおいがわ・桂川))で船遊びを楽しみました。平安時代後期に白河上皇(第72代・白河天皇(しらかわてんのう))は嵐山に行幸した際、大堰川に漢詩・和歌・奏楽(管弦)の三艘の舟を仕立てて、三艘の舟にそれぞれの名人を分乗させ、技を競い合わせて船遊びを楽しみました。「絹本著色(けんぽんちゃくしょく)大堰川御遊図(おおいがわぎょゆうず)」には船遊びに参加した歌人・源経信(みなもとのつねのぶ)の多才ぶりの故事が描かれています。「都林泉名勝図会(みやこりんせんめいしょうずえ)」には白河上皇の御宴の様子が描かれています。奏楽の名手である源経信が遅刻し、「どの舟でも乗せて欲しい」と言うと「奏楽の舟に乗りなさい」との勅命が下りました。白河上皇は機嫌がよくなかったが、遅れて乗船した源経信が妙曲を奏で始めると機嫌がよくなりました。源経信は船遊びの際に「古の あとをたづねて 大井川 もみぢのみ船 ふなよそひせり」と詠んだと言われています。ちなみに源経信は「古今著聞集(ここんちょもんじゅう)」の中で、「三船の才(さんせんのさい)」・「三舟の才(さんしゅうのさい)」として賛美しています。なお白河上皇は嵐山の紅葉を「大井川 ふるき流れを たづねきて 嵐の山の もみぢをぞ見る」と詠んでいます。
嵐山・大堰川では例年5月の第3日曜日に三船祭が行われています。三船祭の名称は72代・白河天皇が嵐山に行幸した際、漢詩・和歌・奏楽に長じた者を三隻の船に乗せ、船遊びしたことに由来します。

【第72代・白河天皇 嵐山】
第72代・白河天皇は1053年(天喜元年)7月7日に第71代・後三条天皇(尊仁親王)と藤原茂子の間に生まれ、後三条天皇の第1皇子でした。幼少時に母と外祖父・藤原能信が亡くなりました。1065年(治暦元年)に元服し、1068年(治暦4年)に父が後三条天皇に即位すると親王宣下を受け、翌1069年(延久元年)に立太子されました。1071年(延久同3年)に関白・藤原師実の養女・藤原賢子が入内しました。1072年(延久4年)に父が譲位し、20歳で第72代・白河天皇に即位しました。ただ父とその母・陽明門院が異母弟である実仁親王・輔仁親王に皇位を継がせる意志を持っていたことから反発したが、1085年(応徳2年)に実仁親王が亡くなり、1086年(応徳3年)に輔仁親王ではなく、実子(第3皇子)・善仁親王を立太子し、即日譲位して8歳で第73代・堀河天皇に即位させました。その後院政を開始し、荘園整理令を度々発したり、叙位・任官に影響力を行使したり、上皇の武力として北面の武士を創設したりしました。仏教に傾倒し、1096年(永長元年)に出家して法皇になり、「国王の氏寺」と謳われた法勝寺を創建しました。 1107年(嘉承2年)に子・堀河天皇が崩御すると孫である第74代・鳥羽天皇を即位され、更に孫・鳥羽天皇に譲位させて曾孫である第75代・崇徳天皇を即位させました。白河天皇は子・堀河天皇、孫・鳥羽天皇、曾孫・崇徳天皇の3代・43年間に渡って院政を行ない、後世に「治天の君」とも言われました。第72代・白河天皇は1129年(大治4年)7月24日に亡くなりました。

【嵐山と白河上皇(第72代・白河天皇(しらかわてんのう))】
*京都には多くの紅葉名所があり、その紅葉見ごろを下記リンクから確認できます。
京都紅葉見ごろ2024

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