詩仙堂ツツジ・サツキ見ごろ2022(4月下旬~5月下旬頃)

詩仙堂ツツジ・サツキ

詩仙堂ツツジ・サツキ見ごろ2022(例年)・見どころ

詩仙堂ツツジ・サツキ見ごろ2022(時期・イベント・・・)情報を紹介しています。詩仙堂には東に滝、庭の奥に石川丈山愛好の鹿おどしがある枯山水庭園の前庭に霧島ツツジ・サツキが苅込みがあり、霧島ツツジ・サツキと枯山水庭園の光景が美しいと言われています。静寂の庭園に鹿おどしの音が響きます。(詳細下記参照)

【詩仙堂 ツツジ・サツキ見ごろ2022(例年)】
詩仙堂のツツジ・サツキ見ごろは霧島ツツジが例年4月下旬頃、サツキが例年5月下旬頃です。ただツツジ・サツキ見ごろはその年の気候などによって多少前後することがあります。
京都ツツジ・サツキ名所・見ごろ

【詩仙堂ツツジ・サツキ見ごろ アクセス・マップ】
場所・・・京都府京都市左京区一乗寺門口町27
最寄り駅・バス停・・・一乗寺下り松町(徒歩約5分)

アクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*京都駅から詩仙堂は5系統(A1乗り場)
*四条河原町からは5系統
*四条烏丸からは5系統
路線・時刻表・運賃チェック

*叡山電鉄の場合、最寄り駅は一乗寺駅(徒歩約10分)

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【詩仙堂 ツツジ・サツキ見ごろ2022(例年)・見どころ解説】
詩仙堂はツツジ(躑躅)・サツキ(皐月)の名所です。詩仙堂のツツジ・サツキ見ごろは霧島ツツジが例年4月下旬頃、サツキが例年5月下旬頃です。
詩仙堂には東に滝、庭の奥に石川丈山(いしかわじょうざん)愛好の鹿(しし)おどしがある枯山水庭園の前庭に霧島ツツジ・サツキが苅込みがあり、霧島ツツジ・サツキと枯山水庭園の光景が美しいと言われています。霧島ツツジ・サツキを白砂が引き立て、静寂の庭園に鹿おどしの音が響きます。詩仙堂では春に霧島ツツジ・サツキやアヤメ(菖蒲)・シャクナゲ(石楠花)・ヤマザクラ(山桜)、夏にホタルブクロ(蛍袋)・キョウガノコ(京鹿子)、秋にシュメイギク(秋明菊)、冬にセンリョウ(千両)・マンリョウ(万両)などが色とりどりの花を咲かせます。
鹿おどし(鹿威し)は元々田畑を荒らすイノシシ・シカや鳥類を追い払う為の装置です。鹿おどしはかかし・鳴子・添水(そうず)・僧都(そうず)とも言われています。鹿おどしは一方を斜めに削った竹筒を中央付近に支点を設けて支え、懸樋(かけひ)などで水を引き入れ、満水になると水の重みで下がって溜まった水を排出し、その反動で竹筒が逆方向に跳ね上がり、竹筒の尻が地表に置かれた石を叩いて音を出します。鹿おどしは日本庭園に取り入れられ、庭園の装飾・表現のひとつになっています。
霧島ツツジ(霧島躑躅)はツツジ科ツツジ属の常緑低木です。霧島ツツジはキリシマ (霧島)とも言われています。霧島ツツジは鹿児島に野生するサタツツジ(佐田躑躅)とヤマツツジ(山躑躅)を主とし、ミヤマキリシマ(深山霧島)が加わった交配種とも言われています。江戸時代前期に薩摩(鹿児島)から大坂、そして京都・江戸(東京)に広まり、江戸時代末期から欧米に輸出されました。霧島ツツジは樹高が60センチ~90センチで、葉は広い楕円形です。霧島ツツジは春に小枝の先に紅色の漏斗状の花を数個つけます。
サツキ(皐月・杜鵑)はツツジ科ツツジ属の常緑低木です。サツキはサツキツツジ(皐月躑躅)・映山紅(エイサンコウ)などとも言われています。サツキの名称は旧暦の5月 (皐月) 頃に一斉に咲くことに由来し、花期は他のツツジに比べると1ヶ月程度遅く、5月~6月頃になります。サツキは関東以西と九州南部に分布し、川岸の岩上などに自生しています。サツキは古くから園芸化され、盆栽や庭木などとして栽培されています。サツキは樹高が1メートル前後で、枝は細く密生して横に広がり、葉は披針形または狭倒披針形で先が尖っています。サツキは花色が深紅から白色で、咲き分け・絞り・八重咲などがあります。

【詩仙堂 歴史・簡単概要】
詩仙堂(しせんどう)・丈山寺は江戸時代前期の1641年(寛永18年)に徳川家の家臣・石川丈山(いしかわじょうざん)が隠居の為に造営した山荘・凹凸か(おうとつか)が起源です。石川丈山は1615年(慶長20年)の大坂夏の陣(おおさかなつのじん)で抜駆けをし、軍律違反で浪人となり、臨済宗(りんざいしゅう)妙心寺派大本山・妙心寺(みょうしんじ)に隠棲したそうです。その後病気がちな母を養う為に紀州(和歌山)浅野家に仕官し、浅野家が安芸(広島)に転封されると付き従い、母が亡くなると1636年(寛永13年)に相国寺(しょうこくじ)近くに睡竹堂(すいちくどう)を造って隠棲し、1641年(寛永18年)に凹凸かを一乗寺村に造営して終の棲家にしました。詩仙堂の名称は中国の詩家36人の肖像を絵師・狩野探幽(かのうたんゆう)が描き、丈山自らが隷書体(れいしょたい)で漢詩を書いた肖像を四方の壁に掲げた「詩仙の間」に由来しています。中国の詩家36人は日本の三十六歌仙にならい儒学者・林羅山(はやしらざん)の意見をもとに選ばれました。ちなみに詩仙とは正しくは「凹凸か(かは穴編に果)(おうとつか)」であり、でこぼこした土地に建てた住居という意味です。丈山没後に一時荒廃したが、江戸時代後期の1821年(文政4年)の丈山150年御遠忌の際に建物の修復されたり、庭園も改修されたりしました。
詩仙堂は曹洞宗の寺院です。
*参考・・・詩仙堂(アクセス・歴史・見どころ・・・)ホームページ

【詩仙堂ツツジ・サツキ見ごろ 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
詩仙堂(アクセス・見どころ・・・)情報

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