青蓮院霧島ツツジ見ごろ2022(5月上旬頃)

青蓮院霧島ツツジ見ごろ2022(例年)・見どころ

青蓮院霧島ツツジ見ごろ2022(時期・イベント等)を紹介しています。青蓮院には江戸時代前期に小堀遠州が作庭したと言われる霧島の庭内で、好文亭(茶室)裏側の山裾斜面から一面に霧島ツツジが植えられ、真っ赤に染まった霧島ツツジと新緑の霧島の庭などの光景が美しいと言われています。真っ赤な霧島ツツジと青モミジが鮮やかなコントラストになっています。(詳細下記参照)

【青蓮院 霧島ツツジ見ごろ2022(例年)】
青蓮院の霧島ツツジ見ごろは例年5月上旬頃です。なお霧島ツツジの見ごろはその年の気候などによって多少前後することがあります。
京都ツツジ・サツキ名所・見ごろ

【青蓮院霧島ツツジ見ごろ アクセス・マップ】
場所・・・京都府京都市東山区粟田口三条坊町69-1
最寄り駅・バス停・・・神宮道(徒歩約3分)

アクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*京都駅からは5系統(A1乗り場)、100系統(D1乗り場)
*四条河原町からは5系統、46系統
*四条大宮・四条烏丸・四条京阪からは46系統
路線・時刻表・運賃チェック

*地下鉄東西線の場合、最寄り駅は東山駅(徒歩約5分)

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【青蓮院 霧島ツツジ見ごろ2022(例年)・簡単解説】
青蓮院は京都を代表する霧島ツツジ(霧島躑躅)の名所です。青蓮院の霧島ツツジ見ごろは例年5月上旬頃です。青蓮院には平戸ツツジも植えられ、例年5月上旬頃に見ごろを迎えます。
青蓮院には江戸時代前期に小堀遠州が作庭したと言われる霧島の庭内で、好文亭(茶室)裏側の山裾斜面から一面に霧島ツツジが植えられ、真っ赤に染まった霧島ツツジと新緑の霧島の庭などの光景が美しいと言われています。真っ赤な霧島ツツジと青モミジが鮮やかなコントラストになっています。霧島の庭には関白・豊臣秀吉が寄進したとも言われている御輿形燈籠(みこしがたとうろう)もあります。なお華頂殿からは霧島の庭・相阿弥の庭を眺めることができ、抹茶も味わうことができます。ちなみに華頂殿には三十六歌仙の額絵や木村英輝奉納の蓮の襖絵(60面)が飾られています。
小堀遠州は1579年(天正7年)に備中国松山藩初代藩主・小堀正次の長男として生まれました。1585年(天正13年)に豊臣秀吉の異父弟・豊臣秀長が郡山城に移封されると家老となった父とともに郡山に移りました。1595年(文禄4年)に秀吉の直参になって伏見に移り、千利休とともに茶の湯を大成した茶人で、大名・古田織部に茶道を学んで第一の弟子と称されました。1598年(慶長3年)に秀吉が亡くなると江戸幕府初代将軍・徳川家康に仕え、1600年(慶長5年)の関ヶ原の戦いの功によって父・小堀正次が備中松山城を賜りました。その後作事奉行として建築・造園に才能を発揮し、二条城・仙洞御所などを手掛けたました。
霧島ツツジ(霧島躑躅)はツツジ科ツツジ属の常緑低木です。霧島ツツジはキリシマ (霧島)とも言われています。霧島ツツジは鹿児島に野生するサタツツジ(佐田躑躅)とヤマツツジ(山躑躅)を主とし、ミヤマキリシマ(深山霧島)が加わった交配種とも言われています。江戸時代前期に薩摩(鹿児島)から大坂、そして京都・江戸(東京)に広まり、江戸時代末期から欧米に輸出されました。江戸時代後期の天保年間(1830年~1843年)に久留米藩(くるめはん)・坂本元蔵(さかもともとぞう)は霧島ツツジから200余品種を作り出し、クルメツツジの育種の始祖と称されました。霧島ツツジは樹高が60センチ~90センチで、葉は広い楕円形です。霧島ツツジは春に小枝の先に紅色の漏斗状の花を数個つけます。
青蓮院見どころ

【青蓮院 歴史・簡単概要】
青蓮院(しょうれんいん)は奈良時代後期の788年(延暦7年)に天台宗(てんだいしゅう)の開祖である伝教大師(でんぎょうだいし)・最澄(さいちょう)が比叡山(ひえいざん)に延暦寺(えんりゃくじ)を創建した際、比叡山東塔の南谷に建てた僧侶の住坊のひとつである青蓮坊(しょうれんぼう)が起源と言われています。その後伝教大師・最澄から延暦寺の法燈を継いだ第3代天台座主である慈覚大師(じかくだいし)・円仁(えんにん)、第4代天台座主である安慧(あんえ・安恵)、建立大師(こんりゅうだいし)・相応(そうおう)などの住坊になり、比叡山東塔の主流をなす住坊になりました。平安時代後期の1150年(久安6年)に鳥羽上皇(第74代・鳥羽天皇(とばてんのう))の皇后・美福門院(藤原得子・ふじわらのなりこ)の祈願所になり、平安時代末期には鳥羽法皇が青蓮坊第12代・行玄大僧正(ぎょうげんだいそうじょう)に帰依し、鳥羽法皇の第7皇子・覚快法親王(かくかいほっしんのう)が弟子として入寺してからは皇族や摂関家の子弟が門主を務める門跡寺院になり、比叡山から京都・三条白川に院の御所に準じて伽藍が建立され、青蓮院に名称を改めました。その後鎌倉時代に河川の氾濫を避けて現在の場所に移りました。なお1788年(天明8年)の天明の大火により、内裏が焼失した際には後桜町上皇(第117代・後桜町天皇(ごさくらまちてんのう))の仮御所になりました。
青蓮院は天台宗の寺院です。
*参考・・・京都・青蓮院(アクセス・歴史・見どころ・・・)ホームページ

【青蓮院霧島ツツジ見ごろ 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
青蓮院(アクセス・見どころ・・・)情報

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