吉田神道(よしだしんとう)と吉田神社節分祭
吉田神道と吉田神社節分祭
吉田神道では室町時代中期に吉田神社内に遷された斎場所大元宮の根本殿堂としていました。斎場所大元宮では森羅万象の起源で、宇宙の根元神・虚無太元尊神祀っていました。現在、吉田神社の節分祭では斎場所大元宮を中心に特殊神事が行われています。
【吉田神社節分祭 日程時間(要確認)】
吉田神社節分祭は例年節分(立春の前日)とその前日・後日の3日間に行われています。なお節分の日程は2月3日になることが多いが、変動する場合があります。(節分は毎年同じ日ではありません。)
吉田神社節分祭
【吉田神社節分祭 歴史・簡単概要】
吉田神社節分祭は室町時代(1336年~1573年)から行われています。節分祭はかつて京洛の一大行事とも言われました。節分祭では厄除け・招福を祈願し、古くから魔除けの力があるとも言われている梔子色(くちなし色)の御神札などが授与されます。節分祭では節分前日祭・疫神祭・追儺式(鬼やらい神事)・節分当日祭・火炉祭・節分後日祭が行われます。なお吉田神社は壬生寺・北野天満宮・伏見稲荷大社(八坂神社)とともに節分に行う四方参りに数えられています。
【吉田神道(よしだしんとう)】
吉田神道では室町時代(1336年~1573年)中期に吉田神社内に遷された斎場所大元宮(さいじょうしょだいげんぐう)の根本殿堂としていました。斎場所大元宮では森羅万象(しんらばんしょう)の起源で、宇宙の根元神・虚無太元尊神(そらなきおおもとみことかみ)祀っていました。現在、吉田神社の節分祭では斎場所大元宮を中心に特殊神事が行われ、斎場所大元宮前の厄塚には厄除け祈願の参拝者が大勢訪れます。節分祭では斎場所大元宮で内院特別拝観が行われ、間近で本殿や東神明社・西神明社・東西諸神社に参拝できます。節分祭・正月3日間・毎月1日を除き、普段、斎場所大元宮は中門前から参拝します。
●吉田神道は室町時代(1336年~1573年)中期に神祇大副(じんぎのたいふ)・従二位(じゅうにい)で、吉田神社の神職・吉田兼倶(よしだかねとも)が創始しました。吉田神道は神道の一流派で、唯一神道(ゆいいつしんとう)・卜部神道(うらべしんとう)・元本宗源神道(げんぽんそうげんしんとう)・唯一宗源神道(ゆいいつそうげんしんとう)とも言われています。ちなみに吉田兼倶が記した「唯一神道名法要集」によると神道は古来の神社神道である本迹縁起神道(ほんじやくえんぎしんとう・社例伝記神道))・仏教と習合した神道である両部習合神道(りょうぶしゅうごうしんとう)・元本宗源神道に分けられ、元本宗源神道(吉田神道)は吉田家の祖先神・天児屋命(あめのこやねのみこと)が伝えた正統な神道としました。吉田兼倶は古代に神祇官(じんぎかん)の亀卜(きぼく)を司った吉田(卜部)氏の家学を継承し、神道説などを整理し、「神明三元五大伝神妙経(かみとあらはれましますみつくりかえしのはしめいつのすかたをつたふるかみのたへなるみのり)」を著し、吉田神道の基礎を築きました。吉田兼倶は反本地垂迹(はんほんじすいじゃく)説の立場をとり、儒教(じゅきょう)・仏教(ぶっきょう)・道教(どうきょう)などの教理をとり入れ、吉田神道は神道を日本の宗教の根本とし、儒教・仏教・道教・陰陽道(おんみょうどう)の思想を融和混交した総合的な神道で、神道を「根」、儒教を「枝葉」、仏教を「花実」と位置付けました。これは三教根本枝葉花実説と言われました。吉田兼倶は神道説の中心となる日本最古の正史「日本書紀」神代巻と「中臣祓(なかとみはらえ)」について研究し、1480年(文明12年)に第103代・後土御門天皇(ごつちみかどてんのう)の為に「日本書紀」を講書初めの儀で講じるとその後公卿(くぎょう)・将軍家などに教えを広め、朝廷・幕府に取り入って勢力を拡大しました。ちなみに室町時代に吉田神道とともに反本地垂迹説の立場をとっていた伊勢神道(度会神道)が南朝と結びつくと次第に勢力を失い、吉田神道が反本地垂迹説を受け継ぐことになりました。1484年(文明16年)に室町幕府8代将軍・足利義政(あしかがよしまさ)の正室・日野富子(ひのとみこ)などからの寄進により、吉田兼倶の邸宅にあった斎場所大元宮を吉田神社内に遷し、吉田神道の根本殿堂としました。斎場所大元宮は森羅万象の起源で、宇宙の根元神・虚無太元尊神を祀っていました。1590年(天正18年)に第107代・後陽成天皇の勅命により、天皇守護の為に宮中の神祇官に祀られていた八神殿(神産日神・高御産日神・玉積産日神・生産日神・足産日神・大宮売神・御食津神・事代主神)が斎場所大元宮の後方に遷されました。なお1665年(寛永5年)に吉田家は江戸幕府が諸社禰宜神主法度(しょしゃねぎかんぬしはっと)を発布すると全国各地の神社の神職の任免権する神道裁許状などを与えられ、明治時代初期まで大きな権勢を誇りました。
【吉田神道と吉田神社節分祭 備考】
京都節分・豆まき2026

















