仁和寺春の妖怪宵遊び2026年4月3日・4日(百鬼夜行)
仁和寺春の妖怪宵遊び(日程・アクセス・概要)
仁和寺春の妖怪宵遊び(日程時間など)を紹介しています。春の妖怪宵遊びでは御室百鬼夜行・妖怪蔵カフェが行われます。御室百鬼夜行では境内に20体以上の妖怪が集結します。妖怪蔵カフェでは古くから使われ、リノベーションした蔵カフェの店内が妖怪仕様になります。オムロアリアケが約200本植えられ、例年4月中旬頃に見ごろを迎えます。(詳細下記参照)
【仁和寺春の妖怪宵遊び2026 日程時間(要確認)】
仁和寺桜ライトアップ2026は2026年(令和8年)4月3日(金曜日)・4日(土曜日)18:30~21:00に行われます。(受付20:30終了)(雨天決行・荒天中止)チケットは事前購入が勧められています。(現在確認中・要注意)
*参考・・・仁和寺ホームページ
★京都では桜の見ごろにライトアップを行なっている名所があります。(下記リンク参照)
京都桜ライトアップ2027
【仁和寺春の妖怪宵遊び アクセス・マップ】
場所・・・京都府京都市右京区御室大内33
最寄りバス停・・・御室仁和寺(徒歩すぐ)
アクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*京都駅から仁和寺は26系統(D3乗り場)
*四条河原町からは59系統
*四条烏丸からは26系統
*河原町丸太町からは10系統、59系統
路線・時刻表・運賃チェック
*JR嵯峨野線の場合、最寄り駅は花園駅(徒歩約15分)
*嵐電(京福電鉄)北野線の場合、最寄り駅は御室仁和寺駅(徒歩約5分)
【仁和寺春の妖怪宵遊び 歴史・簡単概要】
仁和寺春の妖怪宵遊び(はるのようかいよあそび)はHISREN KYOTO(ヒスレン キョウト)が主催、仁和寺・株式会社百妖箱が共催、京都歴史回廊協議会が協賛、京福電気鉄道株式会社が後援して行われます。春の妖怪宵遊びは仁和寺の山門(二王門(重要文化財))が平安時代(794年~1185年)に百鬼夜行(ひゃっきやこう)が通ったとされる一条通の境界の道に面していることに由来しています。
春の妖怪宵遊びでは御室百鬼夜行・妖怪蔵カフェが行われます。御室百鬼夜行では境内に20体以上の妖怪が集結します。妖怪蔵カフェでは古くから使われ、リノベーションした蔵カフェの店内が妖怪仕様になります。
仁和寺には御室桜(国の名勝)と言われるオムロアリアケ(御室有明)が約200本植えられ、例年4月中旬頃に見ごろを迎えます。
仁和寺桜見ごろ
●百鬼夜行は平安時代末期に成立した「今昔物語集」などの説話に描かれた深夜に町を列をなして練り歩く鬼・妖怪・化け物の群れです。平安時代前期の公卿で、閻魔庁第二冥官とも言われる小野篁・藤原高藤が百鬼夜行に出会ったが、尊勝陀羅尼のご利益で退けられたとも言われています。また陰陽師・安倍晴明と師・賀茂忠行が百鬼夜行に出くわし、安倍晴明がいち早く鬼を発見し、寝入っていた賀茂忠行を起こして報告し、賀茂忠行は術によって鬼を退け、その後安倍晴明の才を知り、陰陽道を教え授けたと言われています。
●一条通は東側の烏丸通と西側の右京区花園付近を結ぶ東西の通りです。一条通では東側の中立売通と西側の西大路通の間が一条妖怪ストリートとも言われています。平安時代に煤払いの後に古道具が捨てられ、捨てられた古道具が付喪神と言われる妖怪になり、一条通を西側から東側に大行進し、「百鬼夜行」と言われたそうです。
仁和寺見どころ(金堂・五重塔など)
【仁和寺 歴史・簡単概要】
仁和寺は886年(仁和2年)に光孝天皇が西山御願寺を創建することを発願したのが起源です。翌887年(仁和3年)に光孝天皇が完成を見ずに崩御し、888年(仁和4年)に宇多天皇が父の遺志を引き継いで創建しました。897年(寛平9年)に宇多天皇は醍醐天皇に譲位し、899年(昌秦2年)に落髪して1世になりました。その後904年(延喜4年)に宇多法皇は僧房・御室を建てて住み、御室御所と言われるようになり、931年(承平1年)に宇多法皇が崩御しました。平安時代から鎌倉時代に門跡寺院として最高の寺格を保っていたが、室町時代中期に応仁の乱で一山のほとんどが焼失しました。1634年(寛永11年)に21世・覚深法親王が江戸幕府3代将軍・徳川家光から再興を許され、慶長年間の御所造替の際に建物が下賜され、1646年(正保3年)に伽藍の再建が完了しました。
*参考・・・仁和寺(拝観料・アクセス・歴史概要・見どころ・・・)ホームページ
【仁和寺春の妖怪宵遊び 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
仁和寺(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)情報












