青谷梅林梅見ごろ(2月下旬~3月下旬頃)

青谷梅林

青谷梅林梅見ごろ

青谷梅林梅見ごろ(イベント・・・)情報を紹介しています。青谷梅林には面積約20ヘクタールに城州白(ジョウシュウハク)・枝垂梅(シダレウメ)など約1万本の梅の木が植えられ、梅と梅林などの光景が美しいと言われています。堂山見晴台からは梅林、そして木津川から京田辺方面などを眺めることができます。(詳細下記参照)

【青谷梅林梅見ごろ(要確認)】
青谷梅林の見ごろは例年2月下旬頃から3月下旬頃です。なお梅の見ごろはその年の気候などによって多少前後することがあります。
京都梅見ごろ2020京都梅名所

【青谷梅林梅・青谷梅林 アクセス・マップ地図】
場所・・・京都府城陽市中中山
最寄り駅・バス停・・・山城青谷駅(徒歩約20分)

アクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*JR奈良線

*近鉄京都線・新田辺駅から京都京阪バスの場合、多賀口(徒歩約25分)

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【青谷梅林梅見ごろ】
青谷梅林は梅の名所です。青谷梅林の見ごろは例年2月下旬頃から3月下旬頃です。青谷梅林には面積約20ヘクタールに城州白(ジョウシュウハク)・枝垂梅(シダレウメ)など約1万本の梅の木が植えられ、梅と梅林などの光景が美しいと言われています。堂山見晴台からは梅林、そして木津川から京田辺方面などを眺めることができます。
城州白(ジョウシュウハク)は先がやや尖った楕円形の大粒の実です。城州白は実が成長すると色が白くなり、熟すと黄色みを帯び、桃のようないい香りがします。城州白は表皮はしっかりし、柔らかい果肉がたっぷり入っています。なお城州白は江戸時代から広く栽培されるようになったとも言われているが、現在は城陽市の青谷地域のみで栽培されているそうです。
梅は中国原産のバラ科サクラ属の落葉高木です。梅は630年(舒明2年)から838年(承和5年)に派遣された遣唐使(けんとうし)が唐(中国)から日本に伝えたと言われています。梅には500種以上の品種があるが、野梅系(やばいけい)・紅梅系(緋梅系)・豊後系(ぶんごけい)に大きく分類されるそうです。
花見と言うと現在は桜を連想するが、奈良時代には中国から伝わった梅だったそうです。しかし平安時代になると梅から桜に変わり、奈良時代末期頃成立の「万葉集」では梅を読んが和歌が桜よりも多かったが、平安時代前期成立の「古今和歌集」では桜を詠んだ和歌の方が梅よりも多くなります。

【青谷梅林 歴史・簡単概要】
青谷梅林(あおだにばいりん)は起源が明確ではありません。青谷梅林は鎌倉時代に南朝の初代天皇で、第96代・後醍醐天皇の皇子・宗良親王(むねよししんのう)が和歌「風かよふ 綴喜の里の 梅が香を 空にへだつる 中垣ぞなき」と詠んでいることから鎌倉時代末期には既に梅林があったとも言われています。その後江戸時代に淀藩が梅の栽培を奨励し、1900年(明治33年)には青谷梅林保勝会が設立され、梅林の保護に努力したことから梅の名所となりました。青谷梅林は面積約20ヘクタールに約1万本の梅の木が植えられ、その大きさは京都府内随一とも言われているそうです。ちなみに梅の木は現在約50軒余りの農家が生産梅林として栽培し、生産量は京都府内一です。栽培された梅の実は大粒で肉ばなれがよく、梅干・梅酒・梅菓子などの梅製品に製造されているそうです。梅干用の梅の実は収穫後に塩漬けされ、8月上旬に三日三晩に渡って天日干しされ、城陽の夏の風物詩にもなっているそうです。なお城陽市は梅を1972年(昭和47年)に市の木に制定したそうです。
*参考・・・青谷梅林(アクセス・歴史・・・)青谷梅林(アクセス・歴史・・・)

【青谷梅林梅見ごろ 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
青谷梅林(アクセス・見どころ・・・)情報

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