日向大神宮節分厄除大祭2021/2/(日程・・・)

日向大神宮

日向大神宮節分厄除大祭

日向大神宮節分厄除大祭(日程・時間・・・)を紹介しています。節分厄除大祭は毎年節分(立春の前日)に行われています。節分厄除大祭では厄除け・招福を祈願します。節分厄除大祭では諸祈願成就祈祷の献火神事や古札の焼納が行われます。節分の日に天の岩戸をくぐり抜けると一年の罪・穢れが祓い清められ、福を招くとも言われる「ぬけ参り」も行うことができます。(詳細下記参照)

【日向大神宮節分厄除大祭2021 日程時間(要確認)】
●2021年(令和3年)は立春が2月3日、節分が2月2日になる予定です。行事日程は2020年秋頃から確定します。(現在確認中・要注意)
日向大神宮節分厄除大祭2020は2020年(令和2年)2月3日(月曜日)16:00から行われます。
京都節分・豆まき2021

【日向大神宮節分厄除大祭 アクセス・マップ地図】
場所・・・京都府京都市山科区日ノ岡一切経谷町29
最寄り駅・バス停・・・蹴上駅(徒歩約15分)

アクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*烏丸御池からは地下鉄東西線
地下鉄・アクセスダイヤ

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【日向大神宮節分厄除大祭 歴史・簡単概要】
日向大神宮節分厄除大祭(せつぶんやくよけたいさい)では厄除け・招福を祈願します。節分厄除大祭では諸祈願成就祈祷の献火神事や古札の焼納が行われます。また節分厄除大祭では立春の前日である節分の日に天の岩戸をくぐり抜けると一年の罪・穢れが祓い清められ、福を招くとも言われる「ぬけ参り」も終日行うことができます。ちなみに天の岩戸は厄除け・開運のご利益があるとも言われ、パワースポットとして知られています。
天の岩戸には天照大神(あまてらすおおかみ)が天の岩戸に隠れた際、岩戸を手で開けたと言われている手力雄尊(たぢからおのみこと)を祀る戸隠神社(とがくしじんじゃ)があります。
節分(せつぶん・せちぶん)は元々は季節が変わる節目で、立春・立夏・立秋・立冬の前日を差していたが、江戸時代以降は立春の前日だけを指す場合が多くなりました。節分には邪気悪霊(鬼)が外から入ってくるのを防ぐ為、「鬼は外・福は内」と言いながら福豆を撒き、年の数だけ福豆を食べて厄除けをします。豆撒きは平安時代中期の第59代・宇多天皇(867年~931年)の時代に鞍馬山の鬼が都を荒らしたことから毘沙門天のお告げにより、鬼の穴を祈祷で封じ、鬼の目を炒り豆で打ちつぶしたということに由来しているそうです。なお豆などの穀物には魔除けの呪力や生命力を持つという穀霊が宿っているとも言われています。ちなみに豆は鬼の目を表す「魔目(まめ)」から鬼を滅する「魔滅」を意味するようになったそうです。
鬼は目に見えない邪気を表す陰(おん)に由来するとも、姿が見えずに怖いものを表す隠(おぬ)に由来するとも言われています。その為人智を超え、人に危害を与える災害・疾病・飢饉などは鬼の仕業と考えられました。

【日向大神宮 歴史・簡単概要】
日向大神宮(ひむかいだいじんぐう)は社伝によると第23代・顕宗天皇の時代(485年(顕宗天皇元年)~487年(顕宗天皇3年))に筑紫日向(つくしのひむか)の高千穂(たかちほ)の峰の神蹟から天照大神(あまてらすおおかみ)の神霊を移したのが起源とも言われています。飛鳥時代に第38代・天智天皇が圭田(神田)を寄進し、神域の山を日御山(ひのみやま)と名付けたとも言われています。平安時代前期に第56代・清和天皇から勅額・日向宮を賜り、第60代・醍醐天皇の時代(897年(寛平9年)~930年(延長8年))に延喜の制で官幣社(かんぺいしゃ)に列せられました。しかし応仁の乱(1467年(応仁元年)~1477年(文明9年))の兵火によって焼失し、松井藤左衛門が仮宮を建立し、宮中から修理料を賜って社殿が再建されました。慶長年間(1596年~1615年)に江戸幕府初代将軍・徳川家康(とくがわいえやす)から神領を加増され、社殿が改造されました。なお日向大神宮は内宮に天照大御神(あまてらすおおみかみ)・外宮に邇邇芸命(ににぎのみこと)を祀り、三重・伊勢神宮(いせじんぐう)への代参で参拝者を集めたことから「京都のお伊勢さん」と言われました。
*参考・・・日向大神宮(アクセス・歴史・見どころ・・・)ホームページ日向大神宮(アクセス・歴史・見どころ・・・)wikipedia

【日向大神宮節分厄除大祭 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
日向大神宮(アクセス・見どころ・・・)情報
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